2010年7月13日(本部長通信998)

極真空手道場(17)

稽古の意義

指導者と道場生の稽古に臨む姿勢

稽古をすることは、空手道の中心です。修行臨む真っ只中にあることを意識すべきなのです。稽古は人間の気ままな気持ちで行うのではなく、生命視すべき姿勢を身につけなければならないのです。
今日の稽古で、成長するという気持ちを持つべきなのです。稽古に遅れることなく、少し早めに来て、稽古に臨む姿勢を整えていくことが必要なのです。道場に入ったならば、心を空手道に向けて、心を静かにしていくことも重要なことなのです。
指導をしてみて感じることは、稽古の為に、準備していないと、その中で指導をするということは、なかなか難しいことなのです。師範の場合、誰か一人でも今日の稽古の為に準備している人を見つけるのです。
稽古がその人を中心に回り始めるのです。そうすると、、必ず、繁殖していくように道場の雰囲気が実に良くなるのです。稽古するときに全然準備されていないと、喉が乾いて指導する内容の言葉がでてこないのです。
さて、この内容で、千日修業の最後になるのです。千回書き続ける事が如何に大変な事なのか、我ながら、感じ入るのです。今まで極真空手を実践して来て、頭のなかにある全てを吐き出したつもりですが、書き続けていくうちに、まだまだ書きたらない事だらけであると思ってしまうのです。
千日修業の終結と同時に、もう一度空手道を見直して、自分の心身を持って再び新たなる境地に至るように努力しようと思うのです。自分をゼロポイントにおいて、修業の原点を見出して、推し進めていく事になると思います。