2010年6月8日(本部長通信957)

組織論

スタッフが一致していくことがこれから重要になってきます。極真会館宮城県本部の場合、師範と道場スタッフが、水も漏らさない程の関係にあります。また道場生と指導者が一つになっています。
それで、どのようなことになるのでしょうか。実質的な運営において、このような関係を結ぶ心の姿勢と、生活の姿勢は、結実としてどのようなことになるのでしょうか。それは極真会館の伝統が完結し、中心にである手塚会長をいつも迎え入れているということなのです。
すなわち、組織は自分の身体の延長と見るべきなのです。この組織であらゆる手塚会長の願いを受け入れていくのです。ちょうど身体が心の願いを受け入れていくのと一緒なのです。
さらに、活動するということは、ある意味で肉体をこき使うのと一緒なのです。誰がこき使うのでしょうか。自分が自分を打ってこき使うのです。そう考えると手塚会長が指示する内容も私達が真摯に受け止めて歩まなければならないのです。
活動は精神誠意尽くしたものでなければならないのです。さらに、その活動は、最も愛されるものではなくてはならないのです。活動を惜しんではならないのです。そもまま惜しめば未練となってしまいます。
誰よりも、一生懸命に、行動するのです。無慈悲にです。一生懸命行動する立場に立たなければ、認められ、公認される立場に立てないのです。
さらに、強く言うと、手塚会長は、乞食ではないのです。あらかじめ、一番水のように、大事な活動として、一番奥の金庫に準備しておくのです。余り物の余力では、納得しないのです。アルバイトのような感覚では喜ばれないし、滅びてしまいます。

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