2010年3月12日(本部長通信856)

身体を鍛えよ

 極真空手は、心身が円満で、安全な満足な圏内を生活できるようにする為に、自分自身を鍛えるのです。空手道は内面で蓄積された人間性表面化していくのです。それゆえ稽古はそれほど重要なのです。道場がある理由はまさにそこにあるのです。どのように稽古時間を過ごすかによって、心身の感覚が鋭く違ってくるのです。
 空手道は、高貴な人格を磨いていくということなのです。師範が歩んだ極真空手を稽古すれば師範に似てくることに間違いはないのです。環境が変わろうと、揺らぐことのない自分自身が築き上げられていきます。道を極める空手道ですから、基本的には命を差し出して、環境を越えて行く訓練をするのです。
 師範が過ごしてきた期間がすでに、五十年以上になっています。死ぬ日が近くなって、毎日が結構深刻になるのです。普通に、多くの人を見ると、歳を取るほど愛情が希薄に見えるのです。しかし、武道を突き進む師範は、悲喜劇がぶつかってこようとも、環境に左右されない自分を築き上げるのです。
 従って、師範は一年以内に死ぬものとして今日を歩もうとするのです。この一年という短い期間で何ができるかを考えるのです。師範の観念はできるだけ短く日々を掴むことにしているのです。それは幸福と連結するのです。短く掴むほど、損害を見ないのです。何故ななら、その期間真実に精一杯歩もうとするのです。
 さらに、同じような概念を持って、独身の時に死ぬほど熱い気持ちで、愛する妻を迎えるならば、どれほど有難いと思うことでしょう。そう思うと寝る時間も惜しいし、食べる時間も勿体無いし、心配しようにも心配する間がないのです。ちょっと話がずれました。妻を愛する話に入れ替わりました。この文章は身体を鍛えるというテーマでした。