2009年12月1日(本部長通信744)
私の歩み(31) 世界に通じる極真空手

極真会館宮城県本部は裕福な道場ではありません。生活の最低限を維持しているのが現実です。さらに、道場においても立派な建物なども無いのです。多くの人がそれなりの生活をしていても、指導者は生活に追われながらも、道場生が極真空手で正しく育ってほしいという思いで一生懸命教育しているのです。さらに、極真空手の普及の為にお金を使い果たしてしまうのです。ある意味で、道場スタッフの為にはお金を使わないようにしているのです。
そうして集まった資金で運営し、道場生が全国で活躍する道を切り開いているのです。かつて、宮城県本部の道場生は、東北大会や他流派の大会では、今と違って一回戦を戦って敗北することが多かったのです。私たちが大会で道場生を応援できるようなレベルではなかったのです。私も大会に招待されても、道場生を安心して観るよりは、心苦しくも心配でしかたがないのでした。道場生の御父兄の方に見せられるようなものではありませんでした。
私たちは、極真空手がどのようなものか、長い歴史を紐解いて、今の時代に必要性を訴えているのです。道場生を、その日一日にあくせくする生活からの脱却を試みているのです。今後の計画は、世間にもっと極真空手を武道伝統として根付くようにしたいのです。日本といえばエコノミックアニマルという悪い印象ばかりが世界を駆け巡っていましたが、日本の優れた極真空手に見る武道伝統を示すことが重要だと思っているのです。
日本の風土に育った武士道の精神は、競争し合って、飛び跳ねて得点だけを稼ぐスポーツとは違うのです。ある意味で、優れた文化遺産のようなものです。武士道は言葉を語らずとも言葉が通じ、世界の人たちが、日本に住んでいなくても、自然と武士道を理解する力があるのです。