2009年10月28日(本部長通信710)
私のお嫁さん(10)

 もうすでに、彼女と付き合ってから、三十二年の歳月が経ちました。長い期間をもうすでに過ごしたことになります。お互い愛し合いました。そして、私たちは父母になり、大切な子供がいるのです。家族という垣根がしっかりできているのです。その意味では幸福な家庭であると思えるのです。
 極真会館という看板を背負い、社会的な立場も確立してきました。ある意味で社会的成功を収めたことにもなります。それも、家族の垣根が崩れないのです。もし極真会館の為に、家族の垣根が崩れたとしたらそれはどん底の不幸の極致であると言っても過言ではないのです。
 家庭の土台となるのは、夫婦がお互いの為に全てを捧げようとする犠牲精神なのです。さらに、今師範が実感していることは、子供たちの為に持っているもの全て与えていきたいと思う心で充満しているのであり、もっと与えたいと思い続けるのです。そして、与えたことは、何も覚えていないくらいなのです。さらに、これ以上子供たちの為に尽くすことができなくて済まないとも思うのです。
 彼女を見ていると、自分の命が尽き果てても、夫と子供に対する愛情の絆を離しません。昔、「別れてやってもいいのだよ」と語ったことがあるのです。その時の彼女の眼には悲しげな涙が流れていたことは、今でも忘れることはできないのです。師範として嫌いだからではなく、愛してもらえなかったから、幼くもこんな言葉を吐いてしまったのでした。