2009年9月5日(本部長通信657)
人間関係(7) 師範の指導(2)

 人間何人といえども、不幸を避け、幸福を追い求めようとしているのです。生活の些細な出来事から、歴史的な事に至るまで、幸福になろうとする方法を見つけようとしているのであります。その幸福を必ず見つける方法というものは必ずあると師範は確信するのです。
 それは当たり前ですが、自分の気持ちの持ち方を工夫する事であろうと思うのです。幸福は外的な条件によって得られるのではなく、自分の気持ちの持ち方一つで、どうにでもなると思うのです。
 そのような意味では、幸不幸は、財産、地位、職業などでは当然決まるものではないのです。何を幸福と考え、また何を不幸と考えるのかです。その考えが、幸不幸の分かれ目なのです。
 例えば、極真会館の門を叩いた人でも、同じような実力を持ち、同じ立場にある人でも、一方では幸福を感じ、他方では不幸であると思っている人がいるとしましょう。それは何故なのかというと、気持ちの持ち方なのです。さらに、付け加えると、人は、幸福になろうとする決意の強さに応じて幸福になれるのだと思うのです。