2009年6月15日(本部長通信576)
父親の子育て奮闘記
順香の誕生

 順香の誕生は、大阪天王寺区寺田町の西川産婦人科でした。長男聖義が生まれて、すぐに子供が授かったのですが、三ヶ月目子宮の子袋の中、心臓が停止してしまいました。妻の心を癒しながらその後、大切に授かったのが順香でした。1990年12月5日忘れもしない冬の太陽のもと帝王切開での誕生でした。
 順香の誕生も平坦に生まれてこなかったのです。妻とすれば切腹して茨の出産の道を歩んだことになります。その後、小さな体は西川医院特有の寝かせ方で、硬いマットの上に、うつ伏せ状態で、首を右に左にと動かしながらの成長となりました。それゆえに、頭は卵型で坊主にしても格好良い頭だと娘を冷やかすのです。
 娘は私たち夫婦が忙しく、大阪南の会社経営として最前線でしたので、当時大久保さんと一緒の保母さんに両家の子供を面倒みていただく立場で育てていきました。
阿倍野の4階が私たちの家庭で大久保家庭が隣の生活で、順香は子供たちにかわいがられて育ったという印象でした。
 家の近くの公園でよく砂遊びをしていたのが印象に残っています。仙台と広島から両親が来て順香を大事にしてくれたことも思い出に残ります。当時大阪であった花の万博に出かけた記憶が走馬灯のように浮かんできます。順香は夫婦と一緒に育った神様に愛された娘ということになります。