2009年5月20日(本部長通信550)
極真会館宮城県本部発展の歴史認識(7) 宇宙船極真号

 本物の極真空手を見せていかなければならないのが私たちの使命でもあります。何故なら、当たり前に、極真空手は本物を追及したところにあるのです。ふわふわとしたものだけが極真空手にあってはならないのです。極真空手の定着地は、沖縄でもなく、中国でもなく、私たちの宇宙船地球号として、道場に定着しなければならないのです。それを宇宙船極真号と名付けました。
 簡単なのです。宮城県本部のひとり一人が、見せて誇れる内容を築いていけばいいのです。そういう極真空手を宮城県本部に存在していればいいのです。そういう意味で私たちが合格する歴史を作っていけばいいのです。
 ところで本物の極真空手の条件はどのようなものでしようか。本物の極真空手とは、たとえ、誰かから暴力を受けたとしても、自分は絶対に相手を害さないという決意があることなのです。もちろん、言葉においてもそうなのです。極真空手は、公認された大会では、正々堂々と戦いますが、それ以外では絶対に空手の技を使って相手を害してはならないのです。たとえ暴力を受けたとしても、笑って過ごせる自信がなければならないのです。その伝統を立ててきたのです。まさに利他主義です。
 極真空手の定着地は、たとえわずか、一握りの団体であったとしても、極真会館の伝統を正しく受け継いでいるところがいいのです。さらに、家族であるべきなのです。さらに、他の団体に攻撃的であってはならないのです。たとえ、宮城県本部から分かれたとしても最終的にはその存在を認めることができるのがいいのです。
 また、あらゆる問題があっても、それを真摯に受け止めてしっかり立ち向かう団体でなくてはならないのです。そして、私たちは、無知ではなく、優れた内容、すなわち、心技体を身に付けようとする歴史であるべきなのです。このように考えると私たち宮城県本部の道場生が、それを具備すべきであることは言うまでもないのです。