2009年5月11日(本部長通信541)
極真空手の美学(芸術論)(4)創作活動

 極真空手の道場での稽古はもちろんのこと、空手の型あるいは組手において、美学から言うならば、芸術活動と認めることができるのです。ある意味では、美は、創作と鑑賞の二つに分類できるのではないかと思うのです。指導者は芸術的側面を磨きあげるためにも、創作活動を絶えず試みなければならないということです。
 極真空手道における指導者の創作活動は、指導者たる先生方が工夫できる後天的に付与されたものであると思うのです。というのもこれは、極真の道を歩む中で成長し、大山総裁から学んだ全てを相続するようになって、そこからくる創造性・創作性になるのです。新たなる創作活動を生み出す源になるのです。
 今の指導者に向かって発信する師範のメッセージは、基本に忠実であることの大切さは理解するのですが、その領域から跳躍しない責任者にはなってほしくないのです。創作活動を念頭に置いた指導をしてほしいのです。何故なら、稽古そのものは、自己鍛錬の場であり、芸術活動の場でもあるのです。
 道場生も絶えず違った個性を持った人たちの群れになります。子供たちの個性に合わせた指導になると、それは、すでに創作活動であり、指導者として喜びと感動のひと時であると結論付けることができるのです。子供たちにしても、稽古は自己創造であり、自分自身を創作していく何物でもないのです。指導者と道場生が共に創作できる場であることが師範としては、かけがえのない芸術だと思えるのです。