2020年4月2日(八段語録3716)
品格の勧め


 人に対応するときには、見かけだけの対応や毒を含んでの試練に常に闘います。そして、そのための私の姿勢は、できるだけ顔に出さないようにするという事です。
素晴らしい立場にある人が、突然変貌して、その人の悪意の価値観に引き込まれることがあります。その時は、その人と自分との対比をみるのです。つくづく仮面を被っての彼の愛情表現は、不可能であると認識するのです。ただ私は笑みを浮かべるだけで、なるべく距離を取りたいと思うのです。このような姿勢が私にできる基本原則であり、人生の要のように思っているのです。私自身は、単純で正直なのでしょう。決して政治的な発想はできないようです。
さて、悪感情に対しては、できるだけ避けるという姿勢を取ります。何故ならば、ひどく嫌悪して拒絶するようになるのです。同意をすることはできませんから、ただ笑顔を浮かべているだけです。そのような人物に、価値観を麻痺させられないように努めるだけなのです。決して私から嫌な顔をしないという努力と忍耐心を養おうとするわけです。もちろん、寛容が相手に利用されることは百も承知なのです。悪意に対して敏感でありますから、顔に表情として現れないように努力します。そこは極真で鍛えた精神という事で乗り切ろうとするわけです。
ところで、そのような人とは、親しみ結ぶという事はしないのです。親密な関係にならないようにするわけです。極真で培った精神は、私に何が善であるかの指導を、受け続けてきたのです。もちろん、稽古で日々その精神は更新し続けてきているのです。逆に何を大切にするかというならば、密接に結び合う関係は、極真の仲間が最優先されるのが、私の姿勢です。当然、地域の人達や関係者がたくさんいますが、最優先するのは家族としての極真の仲間なのです。それが私の優先順位なのです。仲間に関しては、私よりも優れていると率直に思えるのです。指導者がスタッフに対して、私よりも実際に優れていると思えるのです。心が通っているからなおさらなのです。
尊敬できる理由と、できない理由がありますが、極真で同じ志をもって日々稽古に励んでいれば、自然に尊敬の念に導かれます。それだけに、武道精神に則って熱くなるので、道を外すことができないのです。また、それだけに、極真の道を押し進めていきたいのです。実に確信に満ちた、信頼をこのグループに置いていることは間違いないのです。今はコロナウイルスによって、世界中がかく乱されていますが、早く収集できるように願うばかりです。このグループの仲間と共にあるならば、乗り越えることができると確信を持っているのです。このような姿勢が、私の基本であり、要なのです。