2020年1月25日(八段語録3693)
私にとって手塚会長は創始者より勝る


 いつも思い馳せることは、手塚会長と毎日のように電話と世界巡回での話であります。残念ながら池袋の総本部に所属した選手時代は、創始者からの激励はあったものの、具体的に対話は少なかったのです。私の内容も無かったという事でもありました。
総本部の三階から練習が終わると降りてこられて、叱咤激励して下さったのです。選手としては、気が引き締まる思いがしたのであり、全日本に向かっての力の源泉だったのです。
ところが、手塚会長とは、常に相談しながらこのグループの未来について語ってきたのです。
それだけに、その期間が三十年余りになるのですから、思い入れは大きいものがあったのです。つまり私にとって、誰が偉いかという事ではなく、心の交流が深かった指導者に思いを馳せるという事は当然のことなのかもしれません。
もちろん、私達の時代の尊敬する人物は、大山総裁であり、私の心の中では、神話になっているのです。しかしながら、このグループの将来の栄光を語り合ったのは、手塚会長という事なのです。確かに入門は、極真空手の強さにあこがれてという事であり、その創始者に対して、敬意の念しかなかったのでした。何故手塚会長に心が向かうかというならば、、一緒にグループの運営をしてきたからなのです。それだけに、創始者は極真会館全体に意識を配っていたということで、私は一選手でしかなかったのです。手塚会長とは、日々の活動において、このグループの為に意見を絶えず交わしていたのです。会長と師範という関係がより強固な関係を作ってきたのでした。それは今思えば、夢のような日々だったのです。
つまり、事情を共有するということ程、強い絆は無いという事なのです。確かに創始者は世界的英雄なのです。それだけに、極真全体の為に活躍されたのです。しかし、手塚会長とは、一緒にグループを作り上げてきたという実感があるのです。家よりも家を建てるものが大きな栄誉を持つように、手塚会長と私は一緒にこのグループを運営してきたのでした。つまり一緒に家を建てて来たのです。その後、このグループを手塚会長から引き継いで現在に至っているという事で、思い入れは強いという事なのです。確信が希望となり、誇りを持ってこのグループの運営に携わることができるというのは、私の生きがいになっているのです。
結論として、これからこのグループを背負っていく者として、計画を成就するために日々邁進するという事になるのです。直接願いを託されて今に至るという事に誇りさえ感じるのです。そして、未来に道を進めていくという事で、素晴らしいという事を表現していく事に終始していきたいと思うのです。