2019年12月19日(八段語録3672)
リーダーシップ(家族的)


 独裁的なリーダーシップであると、リーダーが激務になり、崩壊の一途を辿ります。
さらに、自分の言う事を聞かない人に対しては、除外するような思考になるのです。かつて古代エジプトには法典は無いのです。考古学では実際一切発掘されていないのです。
それだけに、パロの権限が絶対であり、それに従わなければ排除されたのです。
別に、バビロニア帝国を統治したハムラビ王は、ハムラビ法典という物差しを作って、国を治めたのでした。パロ的統治であると、側近を誰も信じないという事にもなります。
さて、ここで考えさせられることは、リーダーのあるべき姿勢であります。
第一に熱心さが必要であると思うのです。この姿勢が、一度始めたことを完成させるという意気込みに通じます。また、指導者として、スタッフよりも多く働こうとするのです。
第二に、謙虚さが必要になります。目指す人格像としても、地上で誰よりも謙虚が目標になるのです。もちろん、私は、選手で全日本に参加してきましたから、技術面や根性の面では誰にも負けないという気持ちはあります。それが謙虚さを邪魔します。
第三に、ブランチチーフの意見は最大限取り上げるのです。それだけに良きリーダーは良き従者であると思っているのです。
次にリーダーの実行力です。真の実行力とは暴走することではないのです。
スタッフの意見を尊重していくというのが前提になります。特に重要な側面です。
また、手塚グループに於いては、手塚会長の願いに従順に従っていくというのが前提です。
それだけに、スタッフと膝を合わせて、助言を受けてから実行するようにしますから、時間がかかります。即断即決というわけにはいかないのです。
基本、スタッフの同意を得て最終的に実行するという事になります。
私の場合にも、実行するときの熟慮は並大抵ではないのです。
さらに、理想的手塚グループ像を目指すとするならば、精神的資質の高い人物と同時に知恵に満ちた人物を登用していかなければならないことです。精神的に全体を把握して推し進めていく人材と、管理を徹底する人材という事でもあるのです。
独裁という事ではないのです。もちろん、完全な民主主義でもないのです。
要するに、複数のリーダーシップによる管理が想定されるというものです。
単独の人物による管理であると、間違いなくカルト化するというものです。
その人物が居なくなった時には、崩壊してしまうという事にもなるのです。
手塚会長から指導を受けた、家族的リーダーシップの紹介をさせて頂きました。
このような会話をいつも会長としていたのですから、組織論の先駆者であると思っているのです。手塚グループの家族としてのリーダーシップは世界をリードする思想なのです。