2019年12月8日(八段語録3661)
道場生が極真道場以外に移る愚かさ


 極真の道もいつの間にか五十年という歳月に近づき始めてきました。
出会ったのが、十代でしたので貫き通した結果が今の姿であるという事になります。
極真と共に歩んで、不思議に一度でも離れようとすることは無かったのです。
もうすでに、極真を始めて、入門してからやる気モードの腹が座っていて、この道に全てを掛けようと決意を固めていたのです。
世間に漂うあるあらゆる虚像や甘い誘惑と、縁を持とうとは思わなかったわけです。
さて、五十年近い極真修行は、王宮生活というよりは、荒野で、のたうち回って不平と不満だらけの無味乾燥な日々のようにも思えているのです。
この荒野は結果、人としての強欲を捨て去り、極真の理念に則って歩む訓練をされたのです。
それだけに、戦う極真として、他に負けないという強さも自然と身についてきたのです。
闘う極真だけに、人生を振り返っても決して他に負けないのです。
それだけに、道場訓が戒律となって、決して人の道を外れないという信念につながったのです。
確かに、このグループ以外に、人の道を外れたような指導者にも仕えた事がありました。
私を信頼し、道場発展のために利用し、奉仕をするものですから顎で使うようになりました。
その指導者は、資質が疑われ、知恵と力に疑問符が付くようになったのです。
そのような指導者は消えて行ったのです。
極真の核心は、修行であり、稽古そのものの中に、世俗は一切混入するという事は無いのです。
ただひたすら、魂と強い肉体を成長させていくという事を念頭に置くだけなのです。
ところで、道を外れた指導者が陥っていく姿勢は、意固地なまでに頑なになるという事です。
人を利用しますが、道理には合わず、奉仕の要求が強くなり、また重くなるのです。
私からの警告は聞き入れず、その理不尽な要求は、結果的に私の訓練になったのです。
また、その事ゆえに、私の人生に永遠に忘れることができない記憶にもなっているのです。
このことがあったことで、手塚会長との出会いは劇的であったという事でもあったのです。
そして、このグループの運営に携わってから、手塚会長の素晴らしさを子々孫々まて、伝えることができるエネルギーが蓄積されたという事にもなったのです。
このグループの素晴らしさ世界巡回を通じて示すことができるのです。
本物の極真とはどのような道場であるかという事を声高らかに発することができるのです。
それでも、他に移る道場生がここ数年あったことは、指導力不足もありますが、道場生にとって愚かな事であると言わざるを得ないのです。