2019年9月19日(八段語録3629)
混乱した社会で生きるには


 混乱した現代思想を整理し、矯正しなければ力強く生きる事はできないのです。
マスメデアを読み込むと、フェイクニュースが乱立しているのです。
そのような現代の情報社会の中で、どのように対応して生きるかが問われるのです。
そこで、人生観を正しく持って、歴史観と世界観へとつなげていかなければならない必然性があるのです。

さて、私の人生観というならば、どう考えても科学的な根拠に基づいてはいないのです。
しかし、証明されている科学的根拠と自分の人生観が矛盾しないように努力はしているのです。
特に、問題になるのは、すぐに人生観を、現実生活に適応しているかという事です。
そして、模索すると、自分がどのような存在であるかという事になるのです。
そのような意味では、御都合主義が、私の気持ちに中では、まかり通っているのです。
それも、自分自身への信頼を高め、できるだけ素晴らしさを確認するように意識を重んじているのです。

ところで、自分を分析するまでもなく、生きているというよりは、生かされているのです。
私の人生を振り返ると、人生の目的を自分で作り出すのではなく、与えられているようです。
それも、言うならば、「場当たり的」という事でもあるのです。
それだけに、五里霧中で、自己嫌悪になりがちなのですが、その状態をどのように自己受容していく事が出来るかという事にかかっているのです。

要するに、絶えず混沌として、闇が淵の表を覆っている状態という事です。
それだけに、人生の座標軸を持つことが必要なのです。
横軸に、個人から家族、地域社会から日本と世界というメモリを打つわけです。
横軸は、自分の立場を段階ごとに上がるように描くわけです。
右肩上がりの放物線を描くような座標に位置付けて日々を歩むのです。

それが、何の役に立つのかという事を自分に言い聞かせるのです。
それは、別に科学的でも何でもないのですが、自分を光り輝かせるには頼りになる目安という事なのです。
私の座標軸は結構役立っています。
それは、機会があったら表現しようと思っているのです。