2019年6月5日(八段語録3543)
出生の意味


 六十六歳を迎えようとしてるのですが、誕生する前からこの道に召命されているという気持ちにもなりました。
誕生する前から、極真の道を歩むように仕組まれていたという事でしょうか。
私は気が付くのが、今という事なのかもしれません。
極真空手へ誘われるという神秘性と不可抗力性を感じるのです。

かつては、「ただ若者にすぎない」と思っていましたが、極真で世界を回って、指導しなければならないという事かもしれません。
実際は、世界各国からの要請で意のままに、日程をこなしているのですが、それが誰かに銘じられているような気もするのです。
それだけに、誰かに主権を取られて、思いのままに動かされているという事でしょう。

ところで、極真への召命は、どうも胎内から形造られる前からのようです。
そう考えると、気が楽です。
何か偉そうに人生の選択をしてきたように思うですが、実際は予定されていたかもしれません。
生まれる前から、そして人生を自覚するようになっても極真という事のようです。
この極真の目的のために、取り分けられていたのでしょう。

とにかく、今は、任命されていますから、一生懸命頑張るだけです。
手塚会長のような「破壊と建設」の先駆者ではなく継承者という事が似合っています。
やがて根を張り、伸びて実を結ぶという役割が私のような気がします。
世界の道場生と良き関りを築いていくために、極真の伝統を植え付けていくのです。

足が痛いと、歩くことも不自由なので、こんな瞑想に耽っています。