2019年5月10日(八段語録3510)
どのように生きるか


 今は、極真の道を整えようすることに全力を投入するのです。
極真という荒地である道なき道を、これから学ぼうとする道場生のために、大路にするのです。
すべての谷を埋めて、山や丘を低くし、盛り上がった場所を平地に、厳しい地を平野にするのです。
日々、極真に栄光を現わすような作業をして、道場生一人一人に栄光を見るようにするのです。

実に、今までの多くの人の人生を鑑みると、すべての人は草のようであり、その栄光は野の花のようなのです。
裁きの息が吹き溢れると、草は枯れ、野の花はしぼむのです。
そのような人生をくつがえそうと、意欲をもって生きようとするのが極真魂というものです。
そうでなければ、私の人生は慰められるようなものではないのです。

振り返ると、人生を苦労と共に歩んできたという印象は逃れられないのです。
高年齢まで生かされて、すべてを許されて日々を歩まさせていただいているのです。
それだけに、社会貢献活動をするという事が、どう生きるかの答えにもなるのです。
一つに、極真の伝統をしっかり後世に伝える事であります。
また、もう一つは、保護司活動を積極的に行って貢献するのです。

根は極真です。
そこから派生する幹は、保護司活動をなのです。
保護司として責任ある立場にも立ちます。
さらに、青年部ともいえるBBS活動において、県の責任を持つようになります。

個人として充実させ、家族を守り、地域活動に対して汗を流すのです。
今までの苦労を、多くの人の人生の慰めに役立てようとするわけです。
健康も守られて、社会貢献に突進するのにふさわしい環境も与えられています。

人生を草や野の花のような、枯れるような人生にしたくないという気持ちを強く持ちます。
現実は、そう言っても人生は終わりを迎えるわけです。
それだけに、極真の意志を受け継ぐ多くの道場生を育てるという事に力を注ぐという方法があるのです。
また、わが子に願いを託すという事も可能と思っているのです。