本部長通信187  2008年5月20日

極真精神と我々(1)


 極真精神の理想からみた場合、我々は後継者であり、初代の立場であります。間違いなく、大山総裁と一致して極真の理想を全世界に引き継いでいかなければならない責任があったのです。その願いが分裂という思いもよらない結果になってしまったということは、義憤に堪えないところであります。
 現在の我々は、極真精神と全然関係なくなっているのです。大山総裁の意思を受け継いで歩むべき我々が、分裂という誰も望まない形にしかなっていないのです。これを乗り越えなければならないことは言うまでもありません。
 それでは、どのように戻していかなければならないでしょうか。それは、段階を経て、ずっと期間的に、時間を費やしていかなければならないのです。再びもとの極真精神に戻そうとするのが我々なのです。多くの考え方の違う指導者の前に、再び再集結することが果たして可能であるかがこれからの焦点になるのです。
 例えば、一つの大きな川を成すには、その上の多くの支流がより合って大きな川となるようにするのです。川の谷間を流れる川の方向はみな違うのです。東西南北、あらゆる方向に流れているのです。本流をなすまではいろいろあると考えるべきなのです。これから、支流が本流に合併するように、だんだん一つの極真精神に辿り着くのです。

師範稽古 田子教室 移動突き40分