2018年7月28日<2>(八段語録3359)
武道における忠孝の精神
会長が逝去されてから、一年半になります。
それでも、自らの生活の中で、会長が生きているという気持ちがあります。
これからの手塚グループをどうしようかと考える時には、手塚会長を思い出します。
そんな姿勢で、今まで歩んできました。
これからもまだまだ続きそうです。
というのも、二十数年間、一緒にあらゆることに一緒に対応してきたという事から来るのです。
本来ならば、喪に服するような期間なのでしょうが、「前進しなさい」という指示が来るようです。
それ故に三年間は必死に一生懸命に歩もうと思っているのです。
私自身、小さいころから親孝行の気持ちは強かった方です。
それが、少なからずこのグループに活かされているという事でしょう。
それだけに、この手塚グループに忠誠を尽くそうとする気持ちが大きいのです。
自分が中心というよりは、手塚会長から預かっているというのが本音です。
私自身の信念は、忠孝の情熱と志操が高いという事のようです。
会長が亡くなって、一年半が経とうと、会長の心情を離れないのです。
いつも、手塚会長を引き付けて、物事を推し進めているようです。
自分の中心的な心は、支えて行こうという精神なのかもしれません。
さて、大山総裁・手塚会長、百年たとうと千年たとうと離れることはできないようです。
一緒に人生を歩むという気持ちが、ことさら強いようです。
そのような意味では、決して離さないという心意気という事です。
それだけに、このグループの事を心配して、忠孝の道理を果たそうという事です。
青春時代の修行時代は、言うまでもなく一生懸命稽古をしました。
その時に、指導された生死を乗り越えようとする精神は、今でも脳裏から離れることはできないのです。
日々の生活の原点は、時代に流されるような生き方をしていなかったのです。
もちろん、恋愛に対しても、全く考えられないくらい命懸けの戦をしていたのです。
普通の若者の生活とは、一風変わった生き方という事でしょう。
目標があったがゆえに、まったく苦にはならなかったのです。
自分を忘れて、目標に突入していこうとする日々ですから、良く疲れなかったと思うのです。
十代で家出をして、結局のところ身に着いた精神は、「親を思う心」という事でした。
家出して親を思うのですから、自分の過去を反面教師にして人生を戦ったことになります。
それだけに、故郷に帰った時には、最高の嫡男として認められたのでした。
修行時代の精神で、人生を切り開くことは容易なのです。
それだけに、日々の生活が生死を乗り越えようとする気持ちで満ちていたのでした。
ところで、仙台に帰って二日目になりますが、時差ボケが治りません。
年齢が高いので仕方がないのかもしれません。
それでも、青春時代の精神を戻返しして、生死を越える精神に至ろうとするのです。
その時の精神状態を取り戻すと心が平安になりそうです。