2012年9月12日(八段語録1803)

試験(6)


 このような高年齢で、専門学校に入学して、勉強できるのは、パソコンの普及が大きく影響しているのです。パソコンに触れたのが、三十五歳でしたから、もうかれこれ、二十年以上経過しているのです。さらにインターネットが普及し始めて約二十年になります。そしていま、その存在は黎明(れいめい)期とは比較にならないほど利用価値が多くなっているのです。コンピューターの性能向上と小型化、価格の低下と、留まる事のない技術革新がネット利用者の裾野を爆発的に広げ、それがまた見たこともないような力を人々に与えているのです。パソコンの巨大な力をわれわれは使いこなせるか。史上まれにみる挑戦が始まるという事になるのです。

 私の場合、授業にパソコンを持ち込んでいるのです。このような専門学生は、今の所、私一人なのです。別に異質な動きをしているというのではないのです。もうキーボードなしには、ノートできないぐらい使いこなすのです。そこまで生活の一部にしている学生は、まだいないようですが、私にとっては、パソコンは必需品なのです。当然、このパソコンを使う事によって、記憶力は無限大に広がります。目ははるかかなたを見通せる用になるのです。パソコンを使い、私をサイボーグ並みにパワーアップするように思えるのです。

 まずパソコンのキーボードをブラインドタイプするのです。これは、相当苦労しましたが、技術を獲得したのです。画面を眺めながらあらゆる創造性を画面にぶつける事ができます。重さ一キログラムあまりの道具としてのパソコンが視野を広げます。画面に入力しながらを目で追うと、パソコンから意味がしっかり伝わる文章が出来上がって頭を刺激します。それも、自分の字とは違って美しい文字が表現されるのです。また、画面を眼球の動きをとらえ、何に注目しているのかを脳は分析するようです。役立つ情報をネットを駆使して、データベースから探し、画面から無限な知識を知らせるしくみなのです。これに私は、惚れ込んでしまったのです。

 例えば、「この人、名前は」「あの漢字の読み方は」。頭の中の記憶はあいまいでも、パソコンと直結していれば膨大な情報源から必要なデータを瞬時に呼び出せるのです。ど忘れ、勘違いの心配はもう、状況に環境が整えられているという事になります。ちょっと試験から外れていますが、今私が立っている環境に感謝するのです。