2012年8月8日(八段語録1768)

家族の機能


 産業化によって、家族は変化したという主張は、経済学的主張に立つならば、産業革命以降、役割分担型の家族へと変わったというのです。公共領域と家内領域という二分法になったというのです。とりわけ、職業や政治の領域での男性領域、養育、衣食住、愛情、性などの女性領域として見なす見解のようです。そこでの社会学者の研究は「社会」であるという公共領域である「男性」の研究が盛んにおこなわれて、二十世紀後半に遅ればせながら、家族を捉えるようとしたというのです。
 W.オクバーンによれば、「昔はよかった」という論調であり、T.ハーソンズによると、「今の方が進歩している」ということなのです。理由はともあれ、前近代化から現代への家族の変化は、家族が多くの機能を協力して果たす相手が変化し、そして伝統的共同体から、専門機関へと変わったというのです。
 ところで、時代の変化を追ってだけ見て、家族は変貌したのかという疑問はぬぐえないのです。社会体制や、時代の流れが家族を変えたかという事になりますと、私としての結論は、どんな環境であれ、家族の機能は変化がないのです。そして、その機能は、いまもなお、愛情が主体となって、子供の養育に伴って、衣食住を満足させる、経済活動が行われているとみるのです。
 この点の主張は、いくつかの点でありますが、第一に、昔の人と、現代人を比較して、環境が変わったからと言って、優れた発展を遂げているかというならば、人を見る限り、変わっていないのです。それよりも、原始的社会で生きた、釈迦や孔子の指導を現代人は、仰いでいるのです。第二に、夫婦を中心とした家族になるために、個人が大人になり、子女を設け、いかなる環境でも、愛情を持って生活し続けているという事なのです。当然、その愛情を育むために、あらゆる環境があり、どのような環境でも、人間は受け入れているという事なのです。
 そこで、私の結論としては、家族の機能とは、人間としての基本的な営みの最小単位として、愛情を中心とした家族との対話であり、環境を愛する衣食住の生活であるとするのです。