2017年9月8日(八段語録3104)
手塚グループはどのような組織を目指すのか(3)
いつのまにか、世界各国まで広がった極真空手です。
それだけに、日本での伝統が重要だったのです。
地上最強を訴えてきた極真空手です。
世界に対して、手本となる伝統を築いていく必要があるという事です。
極真空手は、社会で歓迎されて発展してきたのではないのです。
伝統空手からも揶揄されながら、死人が出るという噂まで流されたものです。
当然、全日本のオープントーナメントで怪我人続出であろうと言われたのです。
マスコミも怪我人続出を期待したのですが、残念ながら、「礼に始まり礼に終わる」武士道の真髄の試合で怪我人もわずかでした。
時の流れが全てを解決したのです。
いつしか、支持を受けるようになり、多くの人に感動を与えるようになったのです。
真剣勝負の勝負がこれほどまでに、多くの人を引き込むという事を実証したのです。
その流れで、映画にも、テレビにも、そして雑誌にもとりあげられるようになったのです。
そうするうちに、一般市民から積極的に応援されるようになりました。
全日本の会場は、超満員で立見が出るほどでした。
全国にも支部が立ち上がりました。
一般の人達も、多く道場の門を叩くようになったのです。
さて、私が、入門して、四十数年になります。
社会で、積極的に応援されたこともあって、修行を続けることができました。
私自身、個人事業を展開していました。
その為に、全国で多くの師範から、応援を頂いたものです。
北海道の高木師範、広島の森師範、高松の長谷川師範、もちろん、総本部では総裁から直々の指導でした。
そして、関西総本部、仙台に帰ってきてからは、安斎師範でした。
それから、師範として認めてくださったのが、手塚会長とだったのです。
多くの応援があって、今の自分があるということです。
そのように育って、いつのまにか、市民権まで獲得してきているのです。
そして、極真空手が固有名詞にもなっているのです。
特に、次の世代を担う青少年育成に力を入れているのです。
私自身が、極真空手で、指導者の道を学んできたということも事実なのです。
極真空手の組織が若かった事もあって、私自身、指導を任されますから、能力の啓発になったのです。
ちょっと、エイリアの的な社会から遊離した組織という事もあって、自由に指導力を試せたというのも、ありがたい事でした。
その若い時に、学んだ事を、青少年に伝えるのも、私の役割であると思うです。
それが、より強固な組織基盤の確保になるという信念なのです。
ところで、手塚グループは、前進し得る組織基盤を確保にしていかなければならないのです時期に入っています。
組織防衛などということは、片隅にもいていないのです。
手塚会長より引きついた基盤を、広げていかなければならないのです。
それ故に、何をしなければならないかという事を自問自答するのです。
多くの人の心に、武士道を通じての家族の素晴らしさを伝えていかなければならないのです。
その家族の橋をかけるという理念で、発展させなければならないのです。
それ故に、何をしなければならないかということです。
武士道の伝統はもとより、家族のあり方の伝統を立てなければならないとということです。