2017年8月19日(八段語録3097)
今に生きる(2)

 手塚グループとして、将来のためのビジョンを描いてきました。
それ故、必要以上に絶えず、冒険の道を推し進めてきたのです。
そして、理想の実現に一歩ずつ漕ぎつけてきているのです。
いまでも、そのような気持ちは、普遍なのです。
当然、現在のためだけに生きられないという、姿勢で貫いてきたのです。
理想を貫き、時には夢を実現することだけに専念してきたのです。
輝く朝日を眺め、美しい暮れ行く黄昏に心を奪われながらの日々でした。
日々が過ぎ去る中で、多くの弟子に恵まれました。
その夢の実現のために、子弟共々に、闘いの駒を進めてきました。
くしくも、理想が消え去らないように、弟子達がアドバイスと助言をしてくれるのです。
かつて、一番弟子が、「私を取るのか、それとも道場生をとるのか」という選択を私に迫りました。
すぐに返した言葉は、弟子を取ると返事をしたのです。
実に弟子としては、現状を見るにつけ見るに見かねて、命がけの提案でした。
もし提案が受け入れらなければ、極真を去る決意が漲っていました。
それは、この道場に生命をかけるという気持ちの表れであると直感しました。
自分たちの理想を実現するために、自分が必要であるという宣言のようでした。
ともあれ、必死さが煮詰まった時を共に持ったのです。
理想を追うという事は、瞬間の闘いになります。
実際に道のりの足跡を記すという所に至らないのです。
特に、家計簿ならぬ帳簿の出し入れに対しては、無頓着になります。
その点を、的確に運営できなければ、破綻するのです。
理想もいいけれど、破綻したならば、何もならないという事です。
その帳簿を管理する番頭役を彼は志願してくれたのです。
運営が行き詰まれば、ストップしてしまいます。
理想も夢もあったものではないのです。
それは、勝者になるか敗者になるかの決定的要素にもなったのです。
その運命の分岐点を、しっかり管理する心強い指導者の出現です。
金銭面の管理ができない団体は、滅びてしまいます。
地上から夢が消える事になるのです。
帳簿面からの判断で、今この時点を乗り越えることが出来るかどうかが判断できたのです。
帳簿は、現在を乗り越えることが出来るかという「道しるべ」にもなったのでした。
 ところで、今を勝利していくために、金銭面の管理は、現在を乗り越えて行く為に必要でした。
道場の家計簿状態を絶えずチェックする適任の指導者が現れたという事です。
というのも、道場は継続しなければならないのです。
まして発展するという道を選択を迫られるのです。
極真会館手塚グループは、道場生が修練する限り、存続しなければならないのです。
道場が存在することによって、道場生は生きることができるというものです。
大切な、日々の遣り繰りを無視して、存続できるはずもないのです。
ましてや、先輩から後輩に伝統を受け継いでいかなければならないのです。
手塚グループが一致団結して、運命共同体として存在していく必要があるのです。
土台は財務面である事は間違いないのです。
この重大な責任を十年近く背負ってきた弟子という事です。
緻密に検討して、今まで道場を維持してきたのです。
この功績は、無視されがちになります。
どちらかと言えば、華々しく大会で勝利する事だけが強調されがちです。
縁の下の力持ちのように思いますが、実は、世界に広がろうとするときに、必要なのです。
そして、その存在は、道場生数万人に匹敵するのです。
 結論として、理想や夢そして、伝統はしっかりとした土台が築かれなければなせるものではないのです。
もちろん、極真会館手塚グループを背負って行く為の必死な歩みは必要です。
しかしながら、道場が栄えるか滅びるかは、日々の家計簿に掛かっているのです。
無駄遣いすることない、道場運営は、細かいようですが、日々の経理なのです。
帳簿を疎かには決してできないのです。
それどころか、毎月しっかりと打ち合わせながら、健全な経営を営むのです。
そうでなければ、とっくの昔に道場は滅んでいるのです。
これからの闘いに、弟子の才能は、世界に生かされるというものです。
極真会館手塚グループが滅びるか栄えるかは帳簿に掛かっているのです。
今まで手塚グループが培ってきた秘伝と秘密は、帳簿の上で伝えられるのです。
それ故に、世間の荒波を潜り抜けるために、土台としての伝統は確立されたのです。
帳簿と理想は一体不可分なのです。
私自身、地上最大の弟子を持ったのです。
それは、世界の手塚グループに欠かせない存在です。
道場の運営をベースにした指南役であり、指導者なのです。
それ故に、大手を振って、世界に手塚グループを漕ぎ出せるという事です。