2012年5月31日(八段語録1699)

我が確信


 両親の教えに従った生き方を貫くことによって、今の自分が存在するということです。もちろん、反抗期もありました。そして多くの人からのアドバイスもありました。しかし、それらは、両親の愛の御手の中で、もがいていたにすぎない事だと悟りを開くようになっているのです。多くの人ヒューマンリレーションなる人間関係を築いてきました。そして、イモ洗いされるように切磋琢磨されたのです。そして、この上ない幸福を感じたりしたのでした。
 多くの人と、利害の対立もしました。それも、あらゆることは、最終的に道徳的な過ちであると気が付き始めていたのです。そして、利害を超えて、天命に生きること決意した時から、世の中を自由に動き回ることができると確信したのです。そして、天命は、公的に降りかかってくるのです。誰も彼も心から愛情を注ぐ余裕も生まれてくるのです。もちろん、こうしてほしいという欲求はつきものです。それを、多くの社会貢献に変換するというエネルギーの転換をしてきたのでした。多くの人達の幸福が、すなわち自分に密接につながってくることに気が付いたのです。
 ところで、私が話すと、軽く思われたりするのですが、人生は愛情を通して成長するのです。そして、太陽が多くの自然を育てるように、暗黒を照らす光が愛情であり、多くの沈黙してしまった心に呼びかけるように思うのです。恥ずかしくも、書くのですが、愛は最後には、理想の家族を築いていくという信念なのです。そして、その家族は、自由と真実と家族愛の満ちていくはずなのです。当然、家族の形態は変わります。子供達は成長し続けていくし、巣立ってもいくのです。
それでも、私は魂の不滅への憧れを持ち続けているのです。こうした信念が無ければ、暗黒の中に建つ暗黒の柱でしかないのです。今は、私が魔法の明かりを持っているという確信だけなのかもしれないのです。私が住んでいる世界は、黄金の部屋に満たされているように自分では思うのです。もちろん他の人には見えないのです。また見せないのです。
それは、両親から受けた愛が根底にあるからなのです。この愛情が、仏様の掌のように、広かったし、大きかったのでした。