2012年4月1日(八段語録1639)

素晴らしい人生


 毎回のように頭を悩ませる問題にぶつかることが多いのです。もちろん、誰の責任でもなく、私の力量としての器の範疇にあるのです。それでも、会長を支えようとする自分の姿には変わりはないのです。今回は二週間ほどの時間がかかりましたが、整理はつきました。そして、今日から「素晴らしきかな人生」と歓喜を上げて進もうと思うのです。
 どのようなやり方で推し進めていくかという事が課題となります。自分の書斎へ入り、目を閉じたままに数十分を過ごします。そしておもむろに、本を一冊抜き出すのです。その本は、東北学院時代の聖書であったり、デールカーネギーであったり、宮本武蔵であったり、いろいろなのです。その書籍の中で、なお行き当たりばったりページを開くのです。それから、気力の続く限り読みふけるのです。読めば読むほど、悩みや苦しみを通過してきたのは、私だけではないという事に、気づかされるわけなのです。
 世界という観点でも、常に世界は罪悪の世の中として苦悶にあえいできたこと、もう少しでいい方向に行くべきことが、人間の過ちでとんでもない方向に流れてしまった事などの発見をするのです。そして戦争と闘争の歴史に明け暮れ、文化が常に破滅の一歩手前にあったことを痛感するのです。ページは戦争、飢饉、貧困、疫病、人間同士の非人道的行為について述べられているわけです。
 数時間読み込んでいくうちに、過去の現状の酷さと、今が過去に比べるならばはるかに良くなっていることに気が付くのです。また、新しい歴史の転機が生じるかもしれないという気持ちになれ、また私の悩みも、ありのままから検討する事ができるようになるのです。
 今年度に懸ける自分の姿勢が明確になるのです。僅かばかりの歩みですが、それでも、必要とする人の為に、今何をなすことが出来るのかを検討するようになる訳です。自分の役割を的確にし、どこかでぶつかるとするならば、忍耐しどんな状況が押し寄せようが、忍耐がその課題を解決していくと確信に至るのです。
 今年度は、満面にこぼれるような笑みをたたえ、型をそびやかし、大きく深呼吸しながら松山千春の歌を口ずさみながら、やる気であるかの如くに、振る舞うのです。エイプリルフールという伝統でも活用して、私に大きな嘘をつき、世界と人類の為にできる全てを実践しようと思うようになるのです。