2012年3月28日(八段語録1635)

次の指導者


 長町の教室で、グリーン帯を締めるお母さん先生の誕生を準備しているのです。もう既に四年の歳月が流れて、ママさん指導者候補の誕生となるのです。早いもので、幼稚園の年中からの稽古がもうすぐに四年生という事ですから、月日が経つのは早いものです。母親として、子供の将来を見据えて、共に空手道に道を究めて、携わってきたのでした。子供の成長は親の意識で、あらゆる可能性が見出されるのだという事を感じていたのでした。四年間、一生懸命空手道を学んだのです。その結果、母親として準指導員の道を切り開いてしまったのです。それは、我が子を思う気持ちと、道場に通う多くの子供達への愛情を与えようと、歩んだ日々に実績なのです。
 このように、人が指導者になるという事は、素晴らしい事なのですが、心しなければならなしことでもあるのです。もちろん、指導者が生まれるという事は、私の人生を飾る様々な事象の内で、とても感動することなのです。おそらく、指導者としての道は、自分の発見であり、新たな自分の啓発につながってくるのです。そして、多くの失敗を繰り返しながら、人格的な器が広がっていく事になるのです。
その時の、視点を警鐘しようと思うのです。次の指導者になるための欠かすことのできない事なのです。それは、指導をしているとおよそ九十五%が反省しなければならない事であり、五%しか満足行く結果でしかないのです。その時に、自己嫌悪に陥ることもあるのですが、なるべくなら、反省すべき点に関しては、最初の頃は、無視すべきなのです。もし、苦悩と悲惨を願い、胃潰瘍になりたければ、反省すべき点だけを集中し、うまくできた点を無視するのです。実に心を傷つける鎖にまかれてしまう事は間違いない事なのです。
そのような意味で、確かに確実にできた点を結び合わせながら、指導を切り開く事を私は願うのです。何故ならば、重い悩みの鎖などきっぱり捨て去った方が、幸福度はまるっきり違ってくるのです。次の指導に必要な良き材料だけ残して、あらゆる失敗は、すでに心の中から締め出したら良いのです。その方が、自分を生かし、成長する事が早いのです。
そのような事を意識しながら、長町の指導に来ました。心が熱くなる自分があるのです。そして、極真空手の礎が、ここにも出来るのであると喜んでいる自分の姿があるのです。四年の歳月は、人を大きくしだてたという実感を持ちながら、今日のブログは終了です。