2016年7月29日(八段語録2854)
ヨーロッパ遠征(5)

 この日は、朝から審査会になっていました。アラン師範が残した、基本が前面にありました。昇段審査での人数は選び抜かれた人でした。基本と型の審査に、ゲネック師範は、実に四時間の時間をかけたのです。型を大極から全ての型に至りました。それが終わると、指導実戦を含めて、基本を徹底したのです。受験者の表情は、苦痛を究めたのですが、輝き得る姿勢を表していました。会長も私も、このような審査会に対して、一言も言わないのです。理由は、ゲネック師範の思うように任せるという事を、心に決めていたのです。この審査会を見る限り、私が青春時代に、味わった稽古に相似しているのです。もし、今の指導者にこのような審査会をするならば、「日本では誰も極真に残る人はいないのではないか」というぐらいの迫力でした。もちろん、誰が為に行く道ではないのです。受験者が、未来のヨーロッパを背負って行く為の、試練の道であるという事です。当事者の為の審査会であると同時に、ヨーロッパの手塚グループの、後継者となる道であることに間違いはないのです。
 さて、受験者にとって、この審査会を乗り越えたとするならば、自らを誇り、極真の高い価値を知るようになり、あらゆる心技体の内容を、十分に明示され、より高いレベルの指導者になる事は、間違いないと思える内容でした。それにもまして驚いたことは、午後からは、三時間に及ぶ組手なのです。最初に五十名近い人達が二時間に渡って総当たりなのです。その後、各位に二十人、十人、八人、五人と段と級のレベルごとに組手を行ったのです。指導者になる道が、切実であるのは当然なのですが、限界を越えているようでした。誰が為の組手であるかというならば、もちろん、当人の為なのですが、やり過ぎという感は否めなかったのです。そのように厳しい道だから、極真に集い、信じて実践しているのだという気持ちにもなります。
 ところで、組手の審査の様子は、表現しきれないくらい、心臓から流れ出る動脈の音と、心臓を通して響いている動脈の鼓動の音が、組手の中一致して、ファイターとしての感情が燃えて叫んでいるようでした。そして、動脈の脈拍が伝わって来るようでした。この風景で手塚グループの同士が、一致するようにも思えたのです。日本の現状での審査会を考えるとやり過ぎという感は否めないのです。この組手の背後に、本当に手塚グループの理念が伴っていなければ、昔のモンスターだけを製造する、団体になってしまうのではないかと考えてしまいました。ヨーロッパの道場生が、どこに流れようとしているのか、その肉体は、どのあたりに留まっているのか、もう少し検証しなければならないと思ったのでした。とにかく、過去の二の前にはせずに、過去に滅びるしかないヨーロッパの道場生にはしたくないという思いになったのでした。あくまでも、手塚グループを担い、この大地に良き心を、芽生えさせるようにしなければならないと思うのでした。とにかく、この審査会で、このグループの光となる事が出来るように、育ってもらいたいと思うのです。今回の審査会で受験者が恐れおののいて、退くことがなく、情熱の輝きを得て欲しいと願うばかりでした。思う事は、もう少し、道場生を大切に育てられないかという事です。そして、道場生が輝く明日を望みとして、決起してもらいたいと思うのでした。