2016年6月10日(八段語録2805)
熱望(2)

 今日は暑いのです。摂氏三十度は優に超えている温度なのです。朝六時から大学病院で血液検査の為に、並んで、一時間半後には、検査終了でした。その後、昼過ぎに、診察を受けて、三か月間の身体の状況をデータでもって説明を受けたのでした。数値からして、自己管理がまだまだ足らないという事でした。この年齢だけに、肉体の健全を願わざるを得ないのです。肉体さえ健康であれば、今までの経験を土台にして、全面的に投入できるであろうという青写真を描くのです。活動のベースが、この肉体だけに、健全な肉体を維持して、私のミッションに邁進していきたいという思いになります。百%、スーパーマンを願うのは私だけなのでしょうか。そのような完璧を備えて、極真の指導にあたりたいと思うのです。完璧性だけを備えた実体を目指そうとするのですが、それは欲深く贅沢であるという事でしょう。
 さて、肉体の強化だけでなく、精神面の強化でも、最強の存在にしたいと思うのです。極真空手に秘められた能力を駆使して、日々高まっていく事が出来るようにと願うばかりです。そのようなレベルの高い能力を発揮することができるように、日々精進です。極真空手の修行をしているのですから、心と身体を磨かなければならないと思うのです。最近、妻からもお腹が出てきていると言われるのです。否定しても出ているお腹は隠すこともできず、曖昧にしてお茶を濁すのでした。そのような指摘を受けるのですから、心を鬼にして、日ごと取り組まなければならないという事です。正しく生活していない全ての要素を除いて、排除しなければならないのです。習慣化している悪い部分は、素直に処理して、不足成る自我を認識するようにという事です。指摘を受けた、全てを謙虚に受け入れて、曖昧な自我を発見して、素直に改めることができるようにしたいものです。
 ところで、このような正しくない習慣性は、極真精神の刺激を受けて、日々新しい風と価値を感じて、整理できるような、心と体の衝撃を感じることができなければと思うのです。稽古をして、感動の一時を持たなければ、刺激は無いのです。そのような意味でも、今日の惰性を捨てることができるようにと願うばかりです。適切でなく正しくない全ての習慣性を取り除くようにしようという事です。道場の稽古で、このあいまいな部分を整理し、良い部分だけを伸ばすことができるようにと願うばかりです。道場生を指導することは得意なのですが、自分を指導することは、苦手のようです。