2016年5月16日(八段語録2780)
希望(16)

 より児童環境を形成しようと、必死になっている市会議員の渡辺博先生がいます。原町小学校の中に、児童館が無いのです。あるにはあるのですが、一キロ離れた区民センターまで歩いくのです。学校の近くに児童館を、建設するという熱意なのです。その取りかかりの為に、行政と小学校と、町内を駆けずり回りながら、働いてくださっているのです。ただ単に児童館を建設するという事だけではなく、地域の活性化を目指すのです。それ以外に防犯の為の街頭カメラの設置等、様々街興しに取りかかっているのです。住みよい街を作って、子供達を正しく育めるように、心の通った街にしようとするのです。まだまだ、「住みよい街づくり」に関しては、取り組まなければならない事が多いのです。そして現実に具現化していこうとするのです。私もこの街に生まれて六十数年に及んでいる訳ですから、活気のある豊かな街に、しようとする気持ちは、人一倍強いのです。現実に根を下ろしているのが、この原町地区ですから、最初の取りかかりはやはり、この地域という事になるのです。それは、ちょうど真水が一点から凍っていくと、同じように捉えているのです。理想を掲げても、一点から成し遂げられなければ、実現しないという事だと思っているのです。
 故郷を愛するという事は、子供達を守るという事も含まれるのです。自分達だけが良いという故郷ではなく、未来永劫に良い街を作っていくという意識が、必要であると思うのです。踏みにじられるような、街にはしたくないという事です。苦竹駅近くの地域も、道路の整備を初め、古いキャバレー街が姿を消し、マンションやコンビニエンスストアーが、新しく建設されるようになっているのです。飲み屋街というイメージがチェンジされ、ちょっとした小奇麗な街に変貌しつつあります。もちろん、街の開発には、これでよいという事ではなく、あくまでも、理想を求めていくという事も、必要であるのです。私の幼年時代は、それなりに畑があり、田圃があり、沼で魚釣りが出来て、牧歌的な雰囲気でした。それが近代化していく訳ですから、それなりの変化は、やもうえないまでも、良い街にしようとする志は、根強くあるのです。
 ところで、私も若かりし時代は、日本中を隈なく回り、世界中をまたにかけて、どこにでも行きましたが、時が経ち、故郷にしっかり腰を下ろすようになると、時間ごとに故郷の感触に触れるようになっているという事です。天命を悟るように模索したのですが、結局のところは、故郷に落ち着くという事だと思うのです。この上なく幼く不足な事は十分に理解しているのですが、日々悩みつつ、模索する日々が続くのです。年齢を重ねるたびに、再創造の能力を願い、気持ちの復興を続けて歩もうとするのです。極真空手は、いつの間にか世界の武道空手になってしまったのですから、世界に向かって進まなければならないのです。それでも、故郷を慕う切実な心を大切にしようとするのでした。
 確かにこの年齢なると、この身体が、そして足が疲れるのですが、自らを奮い立たせて押し出していかなければならないという事です。そして、地域の人達を巻き込んで、共に楽しむ事のできる、環境の造成と、愛の心を持って、それが信じることができる地域に育てていく努力をすることができるように願うばかりです。