2016年5月6日(八段語録2770)
希望(6)

 今日から、道場本来の動きが始まりました。道場本来の在りようが願われます。そして、道場本来の本然の姿になるように、努力を重ねるのです。それはとりもなおさず、道場生が充実する環境を備えることです。つまり、成長する環境を備えることであり、愛情の目が道場生一人一人に注がれることであり、道場生一人一人の栄光が植えつけられるようにすることなのです。道場に通う動機は、様々です。初回面接は極力、代表師範として、道場の姿勢をお話しするために、会うようにしているのです。それでもどんな動機であれ、毅然とした道場方針を述べるのです。それは道場生の心の基礎を築こうとする意識であり、決して、道場生を、誤った道へ迷い込まないようにという配慮なのです。私達の道場は、分裂と闘争を好みません。暗闇の世の中とは、一線を画したいのです。マスコミが流す事件と、うわさ、不道徳と関係のない世界を築こうとするのです。
 もちろん、不足な事は百も承知です。しかし、道場生を健全な姿に、育てなければならず、邪な心を持つ、少年にはしたくないのです。そして、願わくは、自分だけの事だけを考える、少年にはしたくないのです。自己中心の生活は、誰でも当たり前のようにします。それでは、武道精神を、習ったことにはならないのです。できるだけ、家族の為、友達の為、世間の為に何かできるような、少年に育てたいのです。それで、極力、私の生活が、道場生の為の生活である事を意識するのです。そうですから、代表師範の私としても、自分の事を考える前に、道場生の事を考えるようにするのです。自分が楽しむ前に、道場生の笑顔を浮かべるのです。自分を越えて、生涯を歩むことを決意して、師範の道を歩んでいる訳ですから、当然と言えば当然な事です。
そのような高い意識を抱くのも、理由があります。もし、道場全体でも、個人でも犯罪に至るような、出来事が生じるとするならば、私の立場であると、徹底的に非難されます。コテンパンにという事です。そんな事を考えたならば、例えオーバーであっても、正論を主張するという事なのです。できるだけ、生涯模範となる生き方をしようとするし、どんなことがあっても、代表師範として規範を正し、道場生を守り抜くという覚悟を持つのです。そして、極真精神で、お互いの信頼の絆を深め、愛情と生命と栄光を占領する道場とするのです。それは、自分を越えなければならないという事は、当然の事なのです。とにもかくにも、極真会館宮城県本部という、この地の中心に立てて貰ったのです。それだけに、切っても切れない中心にならなければならないという、覚悟だけはあるのです。道場生が、この道場に所属して、誇りに思う事が出来る、高い価値を付与するのが、私達の役割です。
 極真会館宮城県本部の道場生である事に、恥じらいなく、栄光の姿を現すことができる道場生に、成長させることができるようにという事です。当然、一人一人は、素晴らしい個性を発揮すべきです。そのような道場の運営が、私達には責任があるのです。そのような気持ちで出発した一日です。年度初めですから、今日も二人の入門生を迎え入れました。実質、五月は、今日から始まりという事です。スタッフと元気な顔を合わせながら、出発です。六月の審査会への準備もこれからという事でした。