2016年4月19日(八段語録2753)
自己の成長と創造
国見スイミングでコーチをする理由が別にありました。要するに、将監と国見にプール二つあって、その二つで四千人のスクール生を抱えているという事でした。極真会館に合わせれば、二つの道場で四千人という事です。そのような事が可能なのかという事を、研究するという意味があったのです。結局、スイミングでバイトを終えて、七時から極真会館宮城県本部で稽古ですから、結構ハードなスケジュールです。もちろん、その後、学問として研究活動をするのですから、肉体は強靭でなければならないということです。プールにおける教育スケジュールのシステムを、極真会館宮城県本部に当てはめて、研究したと事は言うまでもありません。ただ、自己否定だけで終わるつもりは毛頭ないのです。人材の配置、会議の仕方、プールの維持、スクール生の送迎、実際体験するのです。そして、その体験内容を検討して、道場を運営するのです。極真会館宮城県本部は、急激に発展したのです。言葉は悪いのですが、日々スパイ活動をして、それをすぐに応用していくのですから、こんな強い事は無いのです。
それにしても、ハードなスケジュール闘争をしたものです。この肉体を、どのようにして叩き潰すかというくらいです。自分の身体を煮たり焼いたりする心境でした。もちろん、稽古で組手を長くするのですから、全身傷だらけの満身創痍の闘いという事でした。暇は全くないのです。肉体をスイミングで強制的に征服され、さらに、自らの意志で、道場で自己管理ですから、邪悪な肉身の欲求など生まれないのです。更に情欲など除去されてしまいます。この時期を過ぎれば、光が差してくるという、確信だけは在りました。このような経験をして、完全に新しい存在に生まれ変わったという気持ちになったのです。その時頂いた資格が、経済学修士という学位でした。もう一つ、極真会館としての地位の師範という称号も手にしたのでした。このような体力勝負の難行苦行の年数は八年に及んだのです。苦労は苦労だけで終わるのではなく、必ず収穫しなければならないという気持ちが強かったのです。結果として、学位も、師範も奪ったという事なのかもしれません。
最後の仕上げとして、全日本大会を仙台で行いました。あらゆるそれも成功裏に終わる事が出来ました。そうする中で、完全に新しい存在に生まれ変わったという事です。もちろん、スイミングクラブに、道場を作りました。これも北山支配人の配慮のお陰という事です。この時から、新しい人となって、未来の希望に向かうという事です。天地公認のもと、天運が働くようになったのです。この時、私の心は巨大な力が沸き上がるのを感じるようになったのです。これは宇宙力とでも言うのでしょうか。全体を糾合させて、管理できる自制心が生まれたのです。そのような力で見る時に、相手は誰もいないという事になったのでした。このような時は、何でもできるような境地に立つのです。またこのような境地に立たずして、怖気ついていたならば何もできないという事でしょう。そのような八年間の修行をして、新しい衣を纏ったという事でしょう。
一つの修練を自分で課して、それを実行して、収穫してという事をやってのけた時には、自信が漲ってくるのです。普通は、大学を卒業して社会人でしょうが、私の場合、遠回りして、四十八歳の時に、社会に対して指導者としての宣言をしたという事です。