本部長通信157 2008年4月20日
人生転換(5)
師範の道は、険しいものがあります。いろんなことがあっても、道場の指導者間に最終的に信頼関係が残ったという基準を築き上げることは並大抵ではないのです。信頼があったゆえ、極真会館宮城県本部の旗揚げを、宣布したのであります。すべての道場生は師範を中心として、道場生自ら重荷を背負って弟子として共に看板を背負って行こうということでした。
極真の伝統は師範が指導するかもしれないのですが、しかし伝統を受け継ぐには道場生が、行動しなければならないのです。そこで、師範と一体となって行動しなければならないのです。この基準がなされない以上前進はないのです。どの立場で稽古をするかというならば生死の境地を通過するのです。そこを基準として伝統が打ちたてられるのであります。
指導者の中には話し合って気持よく解決できると思っている人もいるのです。師範の稽古にでて、生死の境に出向かねば伝統が染みつかないのです。師範の稽古に何人の指導者がついてきているでしょうか。組手で血を吐いてでも、生命よりも極真の伝統とともに不死鳥のように生き返る魂を求めているのです。
師範個人にとっては極真の伝統を今までの人生で体得したわけでそれで済むのですが、道場生が完全に極真の伝統を受け継いだというレベルが立たなければ、師範としての威厳はいかばかりでしょうか。稽古で一身において死ぬか生きるかという境を抜き出るような立場で極真空手を愛さなければ伝統はひきつがれられないのです。
師範稽古 新潟審判講習会