2012年1月12日(八段語録1559)

冷蔵庫のような自然に包まれて


朝の起床四時、今日は実に寒いのです。外気の温度を測ると零下五度を示していました。昨日まで降っていた路上の雪は、氷となっています。それでも車を走らせて、現場へ直行です。吐く息が白くなって、街の暗闇がまだ迫っているのですが、それでも歩き続けているのです。
今日の私の心境は、人生を楽しもうとしているのです。別に方法は決して難しいわけではないのです。心構え、精神の気持ちを正しく持つ事、そのような努力をすると、全てが変わってきます。特に私達は、武道精神を身に付けているのです。空手道という素晴らしい伝統を受け継ぐことを許され、心を高めてきました。自己を信じ、自分の隠れた能力を信じてたゆまぬ歩みを続け、人生を充実したものへと導こうとしているのです。結構、努力がつきものですし、骨が折れるのです。それでも楽しめるのです。
最近、母親が娘の事でイライラして、悩んで、精神的に苦しんだりしているのです。文誉が成人式の日、友達と遊びほうけて朝帰りでした。そこで母親は烈火のごとく、怒っていました。娘は泣きじゃくり、もう夜どうし、遊ばないと誓っていたようでした。父親としては、黙って見つめているのです。そして、母親の否定的で、しかもヒステリックな感情が子供に入り込まないように祈るばかりでした。さらに、子供の為にも、穏やかになってほしいと思うばかりでした。それでも妻をサポートする事に変わりはないのです。
ところで、話は変わりますが、最近、この道を究めて感じることは、神、あるいは、仏、あるいはこの大宇宙を創造した絶対者、大自然の法則、呼び名は何でも構わないのですが、そうした超越的存在が実在すると感じるのです。寒い朝、白い息を吐きながら、その実在を感じるようになっているのです。別にマスコミや報道に注目されようとは思わないのですが、その実在に関心を持ってもらいたいと思うようになっているのです。その存在を実感する事によって、健康、心の安らぎ、幸福感を充実させていけるのではないかという気持ちになります。
この歳になりますと、健康で長寿であることが、人生における大きな成功と思うようになっています。細かい目標はいっぱいあります。それでも、健康が本来の正常な姿であると思うのです。この大自然は常に正常な姿に、私達を持っていこうとしていると思うようにしているのです。そこから自己の身体的全体像の管理につなげていければと思うのです。
未だ、今日は書き足らないようです。一病息災という言葉がありますが、私の肉体的な欠点が指摘されて三年の歳月がたちました。血糖値が高めに推移していたのです。この病を進行させない方法は、自らの内にある霊的な力を高める以外にないという事なのだと思うのです。霊的な力を高めるというと何か難しいように思うのですが、それは心の平安を維持していくという事だと思っています。つまり、感謝の念を深く持つ事だという事なのだと結論つけています。
 確かに一番寒い日なのですが、太陽が窓から差し込むと、部屋の温度は十度以上になります。晴れた青空は、大自然のパノラマです。一番寒い日でも春はそこまで来ているようです。また雲の流れと青空、太陽の光がこの世のものとも思えないコントラストを描いているのです。太陽がいつしか夕焼けになり、あたりの景色も変わってきます。こんなに自然が美しいのかと今更ながら感じるのです。自然を美しくそのまま感じることができるのが幸せなのだと思うのでした。