2011年12月23日(八段語録1539)

積極的人生観(112)
 瞑想する聖地

 天皇誕生日です。街頭は右翼の宣伝カーでうるさいのです。順香と文誉と一緒にチラシの配布をしてから、部屋に閉じこもって試行錯誤を繰り返しています。私の拠点が出来て、新しい運勢を巻き起こそうと思っているところなのです。自分の言葉が、どのように影響を与えるかを考えています。今ブログで書いていることも、一つの影響を与える結果になるのです。いつでも理想を描いて、その理想を実現することを決意する日々は変わらないのです。
 もちろん、私の考えが極端な事もあるであろうし、理想の実現に心尽くすことは、どんな環境でも推し進めていきたいという思いなのです。私の傾向としては、理想的な方向性に向かっている自分がいる時に、否定的言葉に関しては、耳を傾けないようにしているのです。自分にとってこれは、とても大切な事なのです。自分の考えていることと、人から言われたことがマイナスで一致する時があるのですが、その時はもっとも危険な時と認識しているのです。「そんなことをしてもうまくいくはずはない」と人から言われ自分もそう思っているときに、積極的に作戦を立てて実行することができるでしょうか。人から否定的に言われ「なるほど」などと思えば、せっかくのプラスの思考を打ち消してしまうのです。
 また、今の私には、財政的に豊かではないし、ぎりぎりの線で戦っていることは間違いないのです。そのような財政で否定的な事を口にしてしまうとするならば、その時から、これからやろうとする広大ビジョンは、私から遠ざかっていく事になるのです。そのように見地からもマイナス思考は一切しないようにしているのです。その為に、私が拠点とする聖地があるのです。その場所で、あらゆる構想を練っていくのです。自分の聖地である畑のある別荘は実にありがたい所なのです。また、プールもジムもその延長にあるのです。そこでは、瞑想を心掛けていけるのです。
 もし、そのようなところが私にないとするならば、十中八九否定的な方向に傾く思考をしてしまうのです。あるいは安定志向をして冒険しなくなるのです。その為に、あらゆることを肯定的に考えていく事が出来る聖地が私にはあるわけなのです。正常な認識状態にプラスもマイナスもないと思えるでしょうか。よく客観的という言葉を使いますが、私達は自分で思っているほど客観的に物事を考えてはいないような気がします。むしろ主観的であると思っているのです。そして、生活環境の中だけで考えていくと、マイナス思考が常態化していくのです。だからつとめてプラス思考をするように心がけているのです。
 そこで、私のプラス思考の場所が畑の別荘であり、トレーニングしているジムであったり、プールであったりするのです。その場所を私は聖地であると思っているのです。その環境で瞑想する習慣を持っていることになるのです。瞑想は心の安定を取り戻す最良の手段なのです。