2015年12月31日(八段語録2643)
大晦日

 もう本当に今年は終わってしまいます。ホームセンターに出かけて、徹底して大掃除をしようと思っていました。二日間かけて掃除したのですが、外壁にカビがびっしりついて、汚れのようになっていて、落とすことができないのです。妻の千順さんに「カビにはカビキラーでしょう」と助言がありましたので、早速試してみました。こびり付いていた青かびが、落ちて消滅してしまいました。二時間余りの時間で、すっきりしました。まだ壁の塗り替えをしなくても良いと安堵したのでした。掃除の技術は磨くべきという事です。それから、根白石の畑に行って、農地の状態を確認して、それから今年最後の買い物をしてきました。ちょっと時間を見て、利府ムービックスへ出かけて、スターウォーズを観てきました。驚きを隠すことができませんでした。ダイア姫・その夫・最後に出てくるルーク、すべてが四十年の年月が経つと、こんなに老けるのかと、自分の事を棚に上げて、仰天するばかりでした。また、初めて3Dの眼鏡をかけて、鑑賞しましたので、迫力は満点というところでした。自分と比較して、「こんなに私は老けていないぞ」という気持ちが先立つ娯楽映画でした。
 家路についたのが、夕方7時でした。久しぶりの大晦日の家族団欒のひと時です。今年は、紅白歌合戦で盛り上がりました。四時間あまり、談笑しながら、楽しいひと時でした。この家族を守り抜くのが私の役割であり、一家の大黒柱という自覚がひしひしとするひと時でもありました。私は男として、「この家族を守る余力を持っており、自分の気概を持っており、闘う事ができる自体力を持っている」と自然に思えるのでした。もちろん、不足は百も承知です。このような団欒のひと時を過ごせるのも、誰も恨むことなく、安息の気持ちを持っているからという事でしょう。あらゆることで、不条理を憤る事があるのですが、それでも、再び正常に心を回復しようとする、信条があるからだと思うようになっています。また、家族を思うという事は、利他的という事でしょう。家族に投入することは繁栄を意味すると思っているのです。火のような性格を、家族の為に投入し続けてきたということなのです。後ろを振り返ってみても、家族の為という意識が強いのでした。健全な気持ちを抱けるのも、武士道のお陰と思っているのです。
 なにはともあれ、除夜の鐘と共に、一年が終わろうとしています。雪が降る気配もなく、暖かな来年を迎えることができるようです。やはり、今年は、孫の士紀雅が生まれた事によって、和らいだ家族になっています。新しい生命は、私達を希望に導きます。孫の誕生が、家族に明るくしみ込んでいくように思えたのです。道場生も、私達家族ですから、来年もしっかり指導しようと思うのです。今年も多くの道場生が入門してきました。まだまだですが、繁栄の兆しだけは見えてきています。この新しい入門生が新たなる刺激を与えてくれそうです。我が孫の士紀雅のように、道場に柔らかな刺激を与えてくれるのではないかと思うのでした。
 ひとり、二階に上がって、床について、一年を振り返って、来年に対する希望と期待を心に馳せながら、全てを清めて、年越しをしようと思うのでした。「生かされる自分、まだやるべきことを委ねられている自分」という事を有難く思いながら、就寝です。