2011年11月22日(八段語録1508)
積極的人生観(81) グループを考える
いろいろな事を考えるのですが、「考え」は、まるっきり目見えるものではないし、食べられるものでも、着られるものでも、住めるものでもない、生活必需品とは何ら関係の内容なのですが、「考え」なしでは生きることもできないのです。物質世界と関係ないようですが、「考え」を用いないと物質世界までも掌握できないのです。ましてや現実のグループの運営などできるはずはないのです。
一瞬で今「考え」を持ってしまうのですが、「手塚グループ」はもう既に財産になっているのです。もちろん、手塚グループは「考え」と同じように有形ではなく非物質的な観念であり信頼関係なのですが、間違いなく存在するのです。そのような意味では、この「考え」という想念の世界こそが、「手塚グループ」を作り出す源となっているのです。
このグループを拠点にするならば、環境はもとより、あらゆる権利が手に入るのです。そうなるためにこのグループの存在感を高めようと努力するのです。このグループに所属するすべての人が、環境はもとより、権利があると自覚をしなければならないのでしょう。例えば選挙権があるのに、もし投票券が配達されなければおかしいと思うのと同じなのです。
さて、この「グループ」何でも叶えてくれる魔法の玉手箱を目指しているのです。もちろん、家族を単位として考えるべきです。それを当然と思う「グループ」にしたいのです。武道精神に則る限り、必要なものすべて手に入るような関係でありたいのです。そう心の底から信じた時、不思議な事に、私達はすべて満たされてしまうという状況を作りたいのです。
ところが、「グループ」を作ったことで、誰かが占有してしまって、道場生すべてに、権利が行き渡らないという事が起こったならば、それこそ苦労が水の泡という事になるのです。誰であっても、「グループ」の私物化は許されないのです。苦労を重ねた人達が、年功序列の長老組織を持って、合議制で持って決定してくことに意義があり、それ以上に、見えない極真魂が私達に恵みとして降り注いでくれるのです。私も若かりし頃の経験が生かされているのです。純粋な友人関係で築き上げてきた会社でも、基盤が築かれ、運営が順調に乗ってしまうと、あらゆる権威主義がはびこるのです。
権威主義に陥って、命令口調で組織運営が始まるようになると、たちまち泥臭い人間関係が付きまとうようになるのです。何派という派閥まで生まれるとするならば、悪臭を放つようになるのです。そのような組織は、いずれ崩壊してしまうのです。私達は純粋に絶えず初心に帰って、初期エクレジアのごとく、進んでいかなければならないと思うのです。
そのような意味では、私達グループに所属している人たちでもって、頭の中を豊富な観念で満たしていかなければならないのです。そうすれば、この「グループ」を発射台として頭に思い描いた通りの実現に直面するのです。真実の「グループ」の豊かさを引き寄せることができるのです。
今日もいろいろやることがあるのですが、全国の手塚グループの責任者を念頭に置きながら全国地図を眺めているのです。今年中に12支部の拠点ができるならば、爆発的な成長を見ることができると思うのです。そんな思いをしながら、今やるべきことを着実に推し進めようとするのでした。今日は部屋を整理しながら、準備しております。それにしても片付かない部屋のようです。