2015年6月15日(八段語録2445)
人生愛情劇場

 朝から交通指導隊で八時半まで公的に奉仕し、9時から仙台市議会議員の選挙が7月24日告示という事で、人生を共にしている渡辺博議員の応援を全力で応援するための、準備のミーティングに参加しました。いよいよ準備という事で、この地域を守って頂く議員として、免許の書き換えをしていただいて、さらに良き地域を築いていく為の先鋒を担いでいただきたいという気持ちです。その後、着信の在った連絡先に電話しながら、何をなすべきかを瞑想していました。
 こうして、五体満足に生まれ、両親に愛されて、千順さんと出会い、息子。娘を生んで、愛情の溢れる家庭に到達し、家族と共に生きるために、家族に帰着していくという感じなのです。そのような、愛情に包まれて始まり、愛情によって成熟し、愛情の実を収穫しているようです。まだまだですが、私が死ぬということは、愛情に包まれた人生という事であると思っています。最近の生活の現実は、肉体の良し悪しで制限されるのです。身体の調子が悪ければ、喜びもへったくれも無いという事でしょう。制限されない愛情の世界に行くという事が、死ぬという事であると、自分に言い聞かせているのです。
 若い時には考えることもしなかった死の克服という事を考え始めています。息子が中川接骨院で修行していますので、よく話すのですが、痴呆症の人の施設をそこは、持っているのです。そして、息子が私に痴呆症にだけはなって欲しくないと話しかけてくれます。私も意地を張りながら、まだまだ新しい世界に跳躍するのであって、痴呆症にはならないと言うのですが、説得力にかけそうです。もう二十年を充実させて、歩めば八十二歳ということですから、まだ死ぬことをかんがえる余地はないという事です。それゆえに、憂鬱になったり、悲しんだり、挫折することの無いようにしたいというのが本音です。結構今まで、人生楽しんできました。充実もしました。それだけに、まだまだ死は訪れないで欲しいという気持ちになります。
 それだけに、今日もしっかりトレーニングを欠かさずに、肉体のメンテナンスをしながら、修理すべき箇所をみつけて、修正していきたいということです。その意欲は残っているということです。アップルウォッチも役に立っています。今日の人生を昆虫が固い川を破り繭から出て、新しい形態になるように、新しい存在として、新しい本質を身に着けるという気持ちです。決して昨日の修行の延長という事にならないように頑張る以外にないということです。それだけに、苦痛を持って生きることは拒否するということです。さあ、そのような意味では、幸福の門を開こうとする意志を強く持ちながら、前進です。
 夏場は、プールでのトレーニングにしようと思っています。三日坊主にならないように気を付けます。結構水中の運動はきついものがありますが、それでも、身体全身を使うので、疲れも体中の関節の節々にきます。年齢が高いので、無理はしないようにして、自分に見合った体力づくりにしたいと思っています。それでも、気持ちが乗ると、それも忘れて没頭してしまうのが私の悪い癖でしょう。どこまで健康でいられるかが、これからの課題であることに間違いはないということです。