2015年5月9日(八段語録2410)
こんな指導もありました
昨日は、一般部の阿部先生のクラスに出かけました。しっかりとした稽古をしていました。阿部先生の指導は、私の心にずっと残るのです。理由は、それは極真の伝統を引きついた稽古だからです。その指導には、極真精神がみなぎっていて、知恵深さを感じるのです。先頭に立って稽古をしている姿は、鉄の意志のように道場生を団結させているようでした。別に褒めるつもりではないのですが、道場生を結束させる苦労をしている様子でした。少し、願いを言えば、もっと多くの道場生を指導して団結して欲しいというところです。そうすることで、極真の版図を広げていく万有引力の母体になって欲しいという願いを込めて立ち去りました。その間、父兄に様々話しましたが、もう道場生として十年近く通っている親なので、私の真意をも受け止めてくれるようでした。それでも、現執行部の意向を十分に受け止めるべき話を綿々と続けてきました。
私の時代の極真会館は、ケアーもありませんし、指導も細かくされませんでした。残る道場生だけが相手にされたように思うのです。気持ちは悲惨になったり、稽古で傷んだ体を慰めたりという事の連続でした。当然、総裁からの激は、「死ぬほど稽古せよ」という事でしたので、私も、生命を捨てるつもりで稽古をしたものでした。命を投入しなければ、何も成長しないという事の指導でした。このような修行が一番高く、一番尊く、一番なくてはならない絶対的な姿勢であったのです。そのように稽古をしなければ、全日本で、一勝も上げることができなかったと思うのです。悲惨なような稽古が、全日本で一勝という花を咲かせることができたという事なのです。それが福音と言えば福音という事だったように思うのです。
ところで、大山総裁の発想の中で、道場生の私に語った内容から分析して、苦労して死ぬ思いをして道端に倒れたとしても立ち上がれという事でした。その道を「行かない」としたら、張り飛ばされるような鬼の気迫でした。拳を胸に叩き込まれながら、現在の困難を克服させるような厳愛の指導でした。そのような戒めを本部で受けてき続けてきたのですから、私自身が語る言葉も厳しくなります。極真空手の為に一度死んで見ようという気持ちにさせられました。どこで死ぬかというならば、「道場の床の真っただ中で死ね」という事なのです。そのような指導を受けたものですから、死に場所を探すような稽古をしたという事でした。
そして、明日への希望を実現するために、涙と汗を流し、努力をしながら、真を尽くし、自分の希望に符号し得る一つの帰一点となれというのが、主流的な発想になっていたのです。今の道場生に対して、このような指導したならば、みんな逃げてしまうであろうという事は想像がつくのです。このような指導を受けたのですから、決して臆病者にはならなかったのでしょう。今も元気で頑張っているという事です。自分が動ずれば全体が動くような気持ちにさせられるのも、このような指導があったからだと思うのです。修行の道に入ったならば、私は死ぬ時までこの道を行かなければならないと思うに至っています。死なないで生きて修行の道を行く覚悟を絶えず迫られるのですが、それでも今日を精一杯歩みながら、前進していく事が、今日の歩みです。さて今日は私の指導日です。頑張らなくてはという気持ちと、次の指導者を立てていかなければならないという気持ちがあります。それだから、次の指導者の育成に励みたいと思うのでした。