2015年4月28日(八段語録2399)
継続

 極真会館の師範としての信条として、自分自身としての行動一つが、間違う事によって、地域の環境に及ぼす影響は、途方もない事を考えるのです。決して自分一人だけの事では無いという事です。そのような意味では、奇しくも極真の看板を背負っているという事です。私の車にも極真の看板をつけているのも、いつも心を引き締めようとしているという事です。私自身、極真空手の伝道者であり、精鋭の要因として地域で活躍しているという事なのです。もちろん、どのぐらいの影響を及ぼしているかは、まだまだというところです。それでも、極真会館の特命を受けて、責任を故郷で果たす存在であると自認していることに間違いはないのです。地域であらゆる活動を始めています。地域に無くてはならない人になってきているという自覚をしているのであり、あらゆる面で責任を果たすという事を誓うのです。そのような意味では、故郷に帰ってきて、この環境を開拓し、自分が必要とされるように、あらゆる方面での権限を委譲されてきているのです。決して風来坊のような事では無いのです。
 さて、私の生き方ですが、決して地域の習慣性には迎合しません。付き合いだからと言って、酒を飲んだりネオン街に繰り出したりという馬鹿げたことは避けるようにしているのです。どんな環境であっても、その環境に同化するつもりはさらさらないのです。時において、環境にいい影響を与えようと努力することのみに全力を傾注します。地域ボランティアによって、地域の人達に何かを残す努力をしているという事です。そして、当然地域の手助けになるように活動をするのです。そのような事を少しずつ積み上げて今があるという事です。そのような事を認識し、率先して活動をしているのです。このようなボランティア精神であるがゆえに、利害対立をすることなく、自分の活動としているという事なのです。
 ところで、私の今までの極真での歩みは、稽古そのものが厳しいものでしたので、何か死ぬ覚悟をいつも持たされるような事での歩みで、平穏な日常とはかけ離れていました。別に兵士として戦場に出向くわけではないのですが、冒険の世界で、決死な足場での闘いという事を前提にしていたような生活態度という事だったのです。確かに、指導は言葉で伝えてきましたが、言葉だけではなく、指導者としての手本を表示し、生活面でも、行動面でも良きモデルになろうとしてきたのでした。どのような側面でも、弟子に引けをとるまいという気持ちが強かった事なのです。そういう事で、師範を必要としてくれているがゆえに、指導者として、今も歩めるという事にもなるのです。
 このような気持ちで、今日も迎えています。そして、何よりも高く気持ちの中で燃え上がるようにしているのです。このような基盤を築くにあたり、今なお闘争中という事ですが、それでも、一日を忙しくして歩みました。今日は妻が広島の実家に帰っているので、ちょっと寂しいのですが、電話連絡を取りながら、共に過ごすことができる一日という気持ちした。愛情と使命の二つの分野をかけ持っていくようにしているのです。そうでなければ、何も活動もできなくなってしまいます。妻を大切にして、更なる活動を進めていこうという事を前面に打ち出しているのも今日の私という事でした。