2015年4月17日(八段語録2388)
いろいろあっても
起床、四時三十分、いつものように目が覚めて、温かくなった春の日差しに、御対面という事です。もうすでに、ブログを書き始めて、十二年の歳月を過ぎようとしています。初めは、一週間に一度のペースで書いていましたが、いつしか、毎日書くようになりました。極真での修行の日々を綴っていっているのですが、過ぎた日々はいろいろありました。この文章を書きながらも、疲れて何も手がつかない事もありました。それでも自分を奮い立たせて書き続けてきました。五十歳という節目から書き始めていますから、五十年間という人生修行の結果の継続という事になると思います。極真会館の師範になってからのブログですから、指導者論的な事項も目につきます。それでも、五十年間の人生修行を、道場生と共に共有するという教育的なブログという事になりました。
さて、極真会館の将来を正しい方向に導くべく、私なりに努力してきましたが、未完成のままにあるというのが現実であると思っています。しかし、私は、極真の精神から決して離れようとはしませんし、武道家として、堂々と歩み続けていきたいと思うのです。ただ、極真の精神は私の頼みの綱です。決して極真を亡ぼすような事はしないように歩むだけです。御都合主義で自分の利益ばかりを追求して、行くとするならば、私達がもっと強い決意を持って、極真を守る以外に無いのです。全ての段階の御都合主義は滅ぼされると思うのです。決して伝統を守った者が滅びるという事は無いのです。極真会館は、他の団体から否定され、みじめな思いもしてきたのですが、今まで決して弱音を吐いたことは無いのです。
ところで、極真の道は結構つらい道であります。見えない闘いに勝たなければならないのです。そして、よこしまな気持ちで、迎合するような輩は、私達の眼中に入っていません。もちろん、私達は、極真の者として真なる闘いに臨んでいきたいと思っています。私達の歩みは、始まったばかりです。このように、空手界において大いなる問題を提起しておきながら、オリンピックという餌で、貞操観念を失うような損得勘定で動くような人は信頼できません。あの世に行っている大山総裁もご立腹の事と思うのです。
それにしても、変なニュースのお蔭で、今日は憂鬱です。それも、大学病院での検査の日ですから、ことさらです。マスコミ受けや、東京オリンピックという雰囲気だけに飲まれるのではなく、この極真で、一体どのような人間性を築き上げていくかという事がメインです。その道を切り開くのが私達という事です。昨日は、指導者のセミナーを菅野師範が指揮していましたが、終わりに、このグループの基本的な話をさせて頂きました。一つは、教育、二つ目は家庭、三つ目は、帰属意識という事で中心のあり方を話しました。上段から話しましたから、どれだけ心に残ったかは、測れませんが、最後の見えない世界が、具体的に展開されるという話で終了しました。そのような意味でも、内外伴の基盤拡大が実体として願われると思うのでした。