2015年3月15日(八段語録2353)
ちょっと早い墓参り

 彼岸まで数日になってきましたが、父方と母からのお墓参りを済ませました。母方では、祖父や祖父の思い出に心がいっぱいになりました。父方では、親父のとの思い出が、胸を締め付けました。先祖に首を垂れて、悔い改めの気持ちになります。天気も晴天に恵まれて、母と広島の千順さんのお母さんと一緒に連れ立ったのですが、車の中でも、両家の、ご先祖様の話になりました。それだけ大切だという事なのです。彼岸の日は、何故か先祖が近く感じるのです。墓参りをする中でも、日々の感謝と反省の気持ちにさせられます。そして、先祖が導いて、家内安全にしてくださっていることに感謝の念が湧いてくるのです。
さて、私の場合、青春時代に、両親の願いも聞き入れず、家を飛び出して、両親の気持ちを傷つけていたことに、父の墓前で反省をするのです。それは、放蕩して遊びまわるよりも大きな傷を負わせたように思うのです。そのような私であったので、墓前では自然に涙が流れるのです。父は「よし、よし」と言って許してくれることは分かっていますが、それでも私の心は気が済まないという気持ちになります。それでも、親の反対を押し切って、歩んだ道は、修行の道であったし、人としての原則を守り抜き、武道精神を身に着け、環境を大切にする心を築いてきたのです。それだけに、両親が納得することに万事解決という思いもあります。それでも、もう少し大人になっていれば、理解して送りだして貰ったのではないかと思うのです。
それで、墓前で、親父に認められるような私でいたいという思いにもなります。振り返れば、私の人生の進路に祖父と祖母の影響はかなり大きかったと思うのです。特に祖父は、剣道六段で宮城県でも優勝するくらいの腕前で、京都に修行に行ったのです。このような道を私も歩んでいるという事を考えると、祖父の影響力はかなりのものであったと思うのです。伊達藩の事、武士としての心構え、これらの事を、囲炉裏の中で、祖父の仲間が集まって話しているのです。それは影響をかなり受けてしまったのです。このような話を、物心がついてから、中学生まで聞かされたのですから、勉強も一生懸命に、始めるようになりましたし、体を鍛えるようにもなりました。そして東京へと修行の旅に至る伏線になった事は間違いない事です。
結局このような影響で、人生の目標が非常に高く設定されてしまったのです。そして、日々その目標を達成していない私との葛藤は相当なものになっていたのです。そしてその目標を達成していないジレンマからの家出であったようにも思うのです。そのような気持ちを、父親も理解してくれたのではないかと思うのですが、墓前の前では、ただただ、親不幸な私をふり返るだけでした。もう人生を振り出しに戻せない事も十分に分かっていながら、このような事を書き続けてしまうのです。このような息子の気持ちを父親は、受け止めてくれていたのだと思うのです。そうであるからこそ、安らかな気持ちで墓参りができるのかもしれません。