2011年11月17日(八段語録1503)

積極的人生観(76)
 両親の事

 母が父の四回目の七日を迎えての墓参りでした。先週飾った花が、気候も寒い為に生き生きとしていました。そして、太陽の日差しが眩しく感じるのでした。妻と娘も一緒に車で来ていました。母がお墓で寒がっているのではないかと気がかりでした。すかさず、母と一緒だという事を話すことだけが、息子として精一杯の言葉でした。帰りの車の中では、母は親父との思い出話を精一杯話し続けます。親父との最高の思い出を語ってくれているのです。私はうなずくだけなのですが、お袋は一生懸命なのです。
 その後、母と別れて区役所に直行しました。変更の手続きが、たくさんあるのです。電話、水道、電気、水道、後期高齢者保健、国民保健、市民税、県民税、固定資産税、軽自動車税その他です。社会保険事務所にも出かけるのです。親父の死亡届を出して、厚生年金の打ち切りと、母への遺族年金の請求など、様々な変更届で一日が終わってしまいました。
 それから、国見教室の指導に出かけたのでした。元気な子供達が、跳ね回っていました。とても、生き生きしている姿に勇気をもらいます。親父を亡くしたことが骨身にしみているだけに、子供達の元気が救いになります。何もかも自分がこれから主人として、決定していく事になるのですから、責任も重大になります。一軒家の屋根が壊れたような状態なのですが、それでも前に前進です。人生という長い道のりで、誰もが通ることだと割り切るのですが、そうともいかない、心の葛藤が生まれるのは仕方がない事なのでしょう。
 ところで両親から教えられたことがたくさんあります。その中で、結婚をいい加減にすることなく、「生き様」として私に示してくれたのでした。私の結婚感の原点が両親になっているのです。もちろん理屈をつけるならば何とでも言えるのですが、その人生の姿が、私にとって尊いのです。その理屈の一つに「神が合わせられたものを、人が離してはならない」と聖書のマタイ伝に書いてあります。その事を、両親の姿から忘れたことは無いのです。裸一貫から苦労の連続でも幸せに歩み続けたのです。
 多くの人が離婚するのは、努力もせず、相手を心から理解しようともせずに簡単に分かれることが問題であると思うのです。「いやになったら別れたら」というのは余りにも軽率過ぎるのです。天下の宝刀を抜くのでしたら初めから結婚しなければいいのだと思うのです。私には、確かに楽しい家庭、何でも良き家庭を想像することができます。しかし、両親を見るにつけ、夫婦関係で一番大切なものを感じさせられるのです。趣味や気が合う問う事だけではなかったように思うのです。それは互いに信頼関係という事になると思うようになっています。
 母は、その信頼関係という財産を話してくれるのです。朝の四時に古川行きの東北本線で送り出したこと、古川にアパートを会社で当てがわれていたにもかかわらず、そのアパートに一度も住んだこともなく、十二時を過ぎようとも家へ帰って家で食事をして、お袋と一緒に寝て、弁当を作ってもらって、朝四時には再び東北本線で古川に通った親父の事、決して親父が浮気などしたことないという事を話しているのです。すべては、信頼関係で、家庭を築いてきた事ばかりなのです。もし、信頼関係がない夫婦ならば、砂を噛むような生活になるように思うのです。仮面舞踏会のような生活は私にはできないのです。