2011年11月14日(八段語録1500)

積極的人生観(73)
 戦い終えて妻の話

 結局徹夜だったのです。今野議員家庭は本当に喜びに包まれていました。私も付き合いながら、勝利の味わいに浸っていました。その為に、朝はフラフラで、チラシを配布していたのです。午前中は休んで疲れを取ることにしました。それでも、起きても、怠さは残っているようでした。妻の千順さんを見ていると、決して美人ではないのですが、心的態度が良いのです。私を引付けるだけの魅力に溢れているようです。私は心の底から、魅力的であると思うのです。それだから、ますます輝いて美しく見えるのかもしれないのです。
 私の場合、結局異性で失敗することが無かったのです。それは、本当に自分の好むタイプは分からなかったのですが、そのもっとも好むタイプの人に出会えたのです。これは、奇跡的な出来事だったのだと思うのです。世の中には、何度も結婚、離婚を繰り返す男女がおります。いわば理想の配偶者に巡り合えていないのです。そして、巡り合えない理由は、自分と相性のいいタイプを知らないのです。それと自分自身も知らないという事なのです。
私に青春時代が始まって、空手道に打ち込む傍ら、本当に理想の女性に出会えることを求めました。自分の求めるものの願いによって妻の千順さんは得られたのだという確信をしているのです。それによって、いつの間にか、妻の千順さんに引付けられてしまったのです。
 私の青春時代を振り返ってみると、異性に対しては、臆病で恥ずかしくて仕方がなかったようです。まして自分の心の中に戒律を定めていたのです。異性からモテたりはしてはいけないという戒律なのです。それもかなり具体的であり、極端なのです。触ることをせず、触れることをせず、抱きつくことをせず、決して結婚するまでは性行為に及んではいけないという誓いを立てていたのです。
 もちろん、男として確立したならば、ひとつ屋根の下で暮らし、生活し、子供を育て行くという夢を持ったのです。基本的な生き方だからだと思うのです。それは、宇宙の大法則でありゴールデンルールであることに間違いないと思っていました。それがうまくいかない家庭が多いのです。この点については、お互いがこの偉大なゴールデンルールに反した思考と行動を取ってしまっているからなのです。私の場合、知らず知らずに、このゴールデンルールを一緒に歩める人を求めたのでした。
 天の導きによって、与えられた人であるとも思うのです。決して自分から社交場に出かけて出会った人ではないのです。合コンとかダンスパーティとかで求めた人ではないのです。二十四歳になって、極真空手で活躍するようになってきたのですが、女性に関して、一つの思いが湧いてきたのです。今でも不思議なのです。五体満足でなくても良いと思っていたのです。足が無くても、手が無くても、目が見えなくてもいいというような境地になっていたのです。ただ、心が純粋な人と結婚できれば幸せだという気持ちがあったのでした。
 そのような時に、偶然に出会った女性が、広島の臥龍山の麓の山間の田舎で農家の女性でした。畑で手伝いをしてきた人だったのです。そのような運命の出会いは、もう二度とあり得ないと自分の中で思うのです。そして、今日は、疲れを癒すかのような妻と同じ屋根の下に住みながら、休んでいるのです。