2011年10月3日(八段語録1458)

積極的人生観(31)
 警察から少年指導委員の委嘱の日程

 早朝に、東警察署からの連絡があり、今月の7日金曜日10時から委嘱式を行うという連絡がありました。ちょうど、東京で高知の高橋功さんの面接をする日とぶつかってしまうのです。優先するのはどちらかというと、御上の事情に合わせるべきが、日本国民の取るべき態度であると自分に言い聞かせて、その日の午後から東京に向かうという事にしました。その日には、会長に描いて頂いたビザの申請用紙に写真を張り付けて持っていく事になっているのです。
 常々考えていることの一つに、空手バカではいけないという事なのです。社会に貢献して初めて評価されるのです。それが、もちろん空手の分野で評価されるのはありがたいのですが、一般市民は、空手に対する理解よりは、社会奉仕として貢献していく事を評価のベースにするのです。空手道に関しては、指導的立場にあることは間違いないのですが、社会的貢献においては、奉仕的立場が好まれるということです。それを果敢に身を犠牲にして初めて評価されるのだと思うのです。
 ところで、師範になってから色々な事に取り組んできたのです。振り返ると、ほとんどが失敗や否定といった消極的な結果になっていたのです。それだから、その結果に振り回されたかというならば、どんな境地でも積極的確信を持って歩んだという事も自分なのです。現場のスタッフや近しい妻は、「また失敗したでしょう。」と口癖に話をしてきます。それで打ちのめされる自分ではないと言い張ります。この表面上のちょっとした意地が、長い年月の私の人生を支えてきているのかもしれないのです。もう意地なのかもしれないと自分は思うのです。それをかっこよく言い聞かせるのです。「信念とは心の在り方であり、心構えであり、結果は、たかが結果でしょう。」この無責任さが今を支えているのです。
 結局のところ、最悪の不幸へ決して起こらなかったのです。悲惨な状態も予期しなかったことも幸運でした。そのような意味では、現実ではなく、信念こそ満ち足りた人生に必要な事なのかもしれないと悟るのです。信念を持ったから、今まで頑張れたという事も言えるかなと思っているのです。
 フェステバルも終わって、荷物の整理をし、事務局スタッフを中心に後片付けで忙しくしています。私は、NPO法人の「笑顔のお手伝い」の方向性の為に会議の準備をするのです。結論は、博先生が理事から降りて、顧問にとして支え、実質的に千葉・長野というメンバーで責任を持って運営していくという事にするのです。私はもう少し、理事で残ることにしています。この仕事の主な内容は、大震災の被災者の調査ということなのです。それも外国人を中心に援助できる道を日本キリスト教団ベースにした団体から、調査してほしいという要求に対する活動という事になります。
 午後からは、長命ヶ岡クリニックに親父の様子を見に行きました。ちょっと高熱が出ていて、酸素吸入器をつけていました。お袋が元気なく、いつあの世に行っても良いように準備だけはしなさいと話すくらい、様子が大変でした。元気になっても、胃に穴を開けて、栄養を取るという事になりそうです。介護が重要な年代に突入したことになります。その足で、田圃を見渡しにいきました。数日で稲刈りです。黄金色に色づいた稲穂を見ながら、考え深く、収穫前にちょっと気持ちが充実します。稲刈りの日程を決めて、家路に着きました。