2011年9月3日(八段語録1428)

積極的人生観(1)
保護司会打ち合わせ

選挙も終わって一週間が過ぎようとしています。事務所の荷物整理も終えて、これからの事務所の運営方針の確認をするのです。渡辺博後援会、NPO笑顔のお手伝い、極真会館の事務所の部屋割りです。道場を広い場所に陣取り、事務所を間仕切りして確保するという事に決定しました。
 夕方からは、保護司会の打ち合わせです。今回は、保護司の人員補充という事での会議がメインなのです。各地域から三名の候補者が上がってきました。最初に着手したのは、誰を初めに推挙するかという事なのです。結局は阿弥陀抽選で行う事になりました。その事は、最初のうちに全て終わり、さながら選挙の事、県と市の議会運営に至る、高度な会話がなされました。
 もう既に、私の心は、国道四五号線上の、看板表示や室内のレイアウトに心が行くのです。その構想は、極真会館導入への入り口であり、ここで人を温めて道場生に移行していく段階的な登竜門にしようとするのです。入門者の入口的役割が果たせればいいのではないかと考えています。もちろん、この場所は、期間限定ですので、永続性はないのです。それでも有効に使えるように考えるのです。
 このような、恩恵が生まれてくるのも、世界に羽ばたく極真会館のイメージを持っているのです。その先鋒に立とうとしている意識なのです。つまり私の心そのものなのです。私の意識している理想は、今は実現していませんが、近い未来に必ず実現できると確信しているのです。それを誰も科学的に証明することもできなければ指摘することさえできないのです。
 しかし、私の気持ちの中でしっかり抱いている信念なのです。誰もこの心は否定できません。確実に存在しているのです。この世は幻ではないのです。必ず実現するという強い意志を持って臨んでいるのです。この理想は、私の心と同じようにあるのです。そして、その理想をいつもブログの中で書いていますし、日常生活の中で会話として表現しているのです。その事自体、私にとって氷山の一角にすぎなのです。水面下に隠れている意識の方が大きいのです。
 端的に言うならば、極真を愛する心で全てが覆われているのです。それは四〇年という長い歳月を過ぎる間に培ってきた理想なのです。もうこの理想は、何の感情にもとらわれないくらい定着しているのです。もう自分を騙すことさえできないのです。そこには、一喜一憂などという事はないのです。世界拡大路線を通じて、青少年教育を果敢に取り組んでいくという事なのです。このことは、明確にインプットされ、私自身がどうのこうのという次元ではないのです。
 結論として、見えざる神の手によって習慣的に行動しているのです。このことは、実に心の奥底にある愛情に連結されていて、ある気が付かない力に支配されているのです。それを知ることが出来るならば思い通りの人生になると思うのですが、奥が深いようです。
 今日は、黙想することも多いのです。この黙想は、永遠の真理と原理の観点から思考するという事なのです。何故ならば、人間として生まれてきたことに感謝するという事と、私の心に神仏が宿っているという信念からなのです。ほとんどの人が富や成功や豊かさが、自分以外にあると思ってあくせく働いているのですが、黙想は自分の心に求めようとするのです。私は、内なる生命として、無限な知性、無限な力を黙想に立脚させようとしているのかもしれないのです。