2011年8月29日(八段語録1423)

私と全国組織(93)
当選証書授与式

 仙台市議会議員当選授与式が市役所8階ホールで開かれました。博先生が私の労を労って、「受け取りに行ってください。」という事だったので、初めて、そのような場に臨むことになりました。選挙に出馬したわけでもないし、当選証書の授与を目の当たりにするという事は、もうないであろうと思いながら、参加させていただきました。
 今回の選挙で、博先生はトップ当選でしたので、席次がⅠ、一番前でした。現職を含め元職、新人と選挙で凌ぎを削った人たちが参加していました。あまり仙台市議会議員の人と話をしたわけではないのですが、ごく普通の人達が当選したのだという印象でした。
そのような意味では、仙台から日本や世界に影響を及ぼすような、理念や実行力のある人はいないであろうという予測です。精々、身内の足の引っ張り合いぐらいが関の山としか感じることはできませんでした。
 各政党の人達もいるのですが、それなりの強者という風格のある人はいないのです。たまたま政治を志して、何らビジョンもなく、一所懸命訴えて当選したという感じに受け取れるのです。もちろん、私が万が一出馬して当選しても、醜いアヒルの子で終わってしまうように思えました。もちろん議員は、市民の代表ですし、地域の代表なのです。そして、政党の代表という事になるので、議会は、人間模様の修羅場になるだけだという感想を持ちました。この議会に私の出る幕はないという確信を抱いて帰ったのでした。
 この会場に来て、しっかり市会議員という立場の内容を知ってしまったのです。私の結論としては、生涯を投入するだけの価値あるポジションではないという結論なのです。確かに、四年間の生活費と活動費は付与されますが、ゼロからの開拓というパイオニア精神には欠けてしまうのです。何もしなくとも済むし、何かをしたからといって報酬や名誉に反映されるわけではないのです。
 私の場合、法体制に抵触しない限り、全面的に総攻撃なのです。躊躇もなくひたすら走り抜けるというと特徴を持っているのです。そのような意味では、器が小さな議会では、バッシングの的となりうるかもしれないのですが、リーダーシップを発揮して、運営に当たれるかというならば、否としか感じることが出来なかったのです。議会に考え方がまるっきり違った人たちが混在しているのです。組織化することは、ほぼ、私の性格では難しいであろうし、何か創造的に積み上げて、市民の為になるという事自体、難しいのではないかと感じてしまったのでした。
 職場環境が、多くの利害関係者が集まっただけの構成で、議会にそれといった秩序もなく、言いたい放題言って、実際は行政が執り行うという職場ですから、私の感覚では、力がそがれるだけであるという結論だけしかでないのです。私自身の誇れる職場環境は、トップでありながらも、謙虚にみんなの意見を吸い上げて果敢に推し進めていこうとするポジションであり、先頭を切る指導者の立場なのです。
  さて、このように書くと「お前は何様だ」と言われそうです。しかし、自分を信じる心を曲げる訳にはいかないのです。自分の信念をいつも正しく働かせておくためには、意識する心でいつも最善に期待した方が良いと思うのです。また、上述のような発言をするのは、正しいと思って確信して思考と行動をしているからなのです。