2014年12月31日(八段語録2282)
家督

 母方は金森という姓でありますが、伊達藩の家臣として仕えていたのです。極真空手という武士道を行ってきた背景には、父方と母方が武士という遺伝子があるのだと思えるのです。父方の先祖数代で分からなくなっているのですが、母方は紫桃正隆の著書「戦国大名葛西氏家臣団辞典」の中で、葛西太守にはかなりの領地を頂いており、岩手県一関市花泉町の金森城址(高山館)説明略図というのがあって、葛西太守の期待が大きかったということなのです。そして、葛西家の滅亡後は、伊達藩士として、江戸時代は、泉ヶ岳のふもとに領地を任され、明治維新の激動を潜り抜け、現在の特別老人ホームや養護施設、保育園経営など幅広く地域に貢献している本家であることから、先祖の協助は、計り知れないものがあると思うのです。

 私の場合、還暦を過ぎて、少なからず、地域に貢献できるのも、両親の苦労はもとより、先祖の協助があってこそ、成し遂げることができる御業であると思えるのです。肩書はともあれ、地域に公的に貢献できるような立場にあり、評価もされ、地域の社協の新聞に掲載されるなど、これからも、積極的に活動ができるということでありますから、時代は違えど、城主の役割のように思えるのです。まさに武士道をしっかりと継承しているということなのだと感じているのです。そして、親として息子にもそれなりに信頼され、息子が、親の継承をしようと空手修行や接骨院での過酷な修練に励んでいるのですから大したものです。

 ところで、今年も、今日一日で終わろうとしています。還暦を過ぎて、二年目になります。息子家庭も、実に頼もしいものです。そして、今回、娘の順香が中山孝郷さんとの結納を済ませ、新しい門出となりました。新しい次元に、我が家も立っていくということなのです。そのような意味では、今年は、とても嬉しい年となりました。自分自身が理念化した生き方をしているのですが、それが実っているということなのです。妻の千順さんの母が我が家に来て、白内障の手術を受けに滞在しているのですが、これまた何十年ぶりの親孝行ということになります。

 結論として、良き年になりました。充実した年でした。根白石の別荘で書き記しているのですが、窓から見晴らす田園に白鳥の舞い降りる姿を目撃しています。その白鳥が窓の真ん前を通り過ぎるときには、感動してしまいます。そんなこんなで、今年は、終わりですが、家督としての仕事が残っています。我が家の大掃除です。窓の汚れから、外壁の煤まで払いのけて、きれいさっぱり新年を迎えたいと思っています。