2014年12月9日(八段語録2260)
心身一体理想

 心と体が一つにならないと、とんでもない事になります。一つに危険ドラックのような、心身分離が起こってしまいます。悪魔の領域に本人がなり、多くの人に迷惑をかけるようになってしまいます。そのような意味では、危険ドラックではなく、愛情を中心として体を心に感化させておくことができ、愛情を中心として自分の生命を越えて、自分自身も、社会もきれいに清算するようにしなければならないのです。そのような道理を指導できるのは、武道精神であると思っているのです。そのようにして、はっきりとした家庭倫理、地域社会の倫理が展開することができると思うのです。そのような事ができて初めて、理想が自分自身に反映することができ、しいては地域社会の理想も生まれるようになるのです。一方的な結論でしょうが、独善的なのかもしれません。

 さて、理想をなすのに、私が意識しているのは、愛の宮殿は夫婦の愛情であると思っているのです。今までの人生で、夫婦の愛情を絶対としてきたのです。唯一絶対であるから不変であると、自分で定義してきているのです。この夫婦の愛情が乱れるようになると、結局家庭も崩壊し、社会も崩壊し、その結果地獄が生まれると思っているのです。ですから、地獄が環境にあるというのではなく、自分自身の夫婦生活にかかっていると思っていいのです。家庭を崩壊させる根拠地はそれ以外に無いと思うのです。そこで、自分の生命を汚し、血統を汚すという事になるのです。それしかないという人生の結論です。

 ところで、このような事を書くと誤解されるのですが、生殖器が多くの問題を起こすという事は、いがめないという事です。それにしても、理想とは、負債を負わないように努力し、お互いに負債を負わせないように努力することが、実践できれば、理想の糸口が現れるのではないかと思うのです。私の知っている理想は、世話になるような生き方ではないのです。あくまでも、世の中に生きている間、世話するように努力する人だけが、理想を味わう事ができるのではないかと思うのです。

 結論として、世話をしようと努力する人の位置は、常に勝利する位置であると思っています。これは、過去にも勝利し、今日も勝利し、未来にも勝利すると思うのです。そのような世話をして勝利した権限を持って行けるところが理想であると思っているのです。私も還暦を過ぎても生きているのですが、人生の半分は、天理の為に生きてきたように思うのです。今、結構ボランティア活動をしているのですが、過去の生活を清算し、より余生を社会奉仕の為に生きようとしているのです。そこから心身の理想が生まれるのではないかと思うのです。