2014年10月22日(八段語録2204)
学習は自然の中から
ここまで、人生を歩んでみると、この自然は、飽きないのです。つまり、年齢を重ねれば重ねるほど、成長に応じて、自然は答えてくれるのです。あらかじめ、私のために、自然は予め、用意しているかのようです。まして、自然の中から、学ぶことが多いのです。たかが農作業なのですが、それでも、そこに全て学ぶことが多いのです。人生成熟すればするほど、知覚が増せば増すほど、自然は人生に必要なものを与えてくれるようです。
さて、幼い子供達を観察すると、好むものは主に動くおもちゃのようです。そして、動くおもちゃから、何かを感じているようです。さらに、周りにある物は、動く子犬や昆虫、小鳥やそのほかの動物が好きなようです。子供達を観察するまでもなく、手本とする教材が自然であるという事は、実に興味深いことです。さらに子供達が成長すると、自然の世界やこの地球の動きを見て、興味を持つのです。もちろん対象は異なりますが、それを鑑賞すると、子供達は喜びを感じ、つねに、興味を示すのです。
また、春の季節に木を見ると、花が咲き、蝶と蜂が飛んできます。すべてが調和しているのです。木を見れば、葉が出て枝が伸びるのですが、それは成長する為です。木が大きくなって時が来れば、実を結びます。このような事が、子供達には教材になるのです。ですから、自然を見れば、実に教えられることが多いのです。
ところで、自然とは何かという事を問いかけると、人を教育できる博物館のようなものです。つまり、生きた教科書ということなのです。活動範囲が広ければ広いほど、自然は、どんなに活動範囲が広かろうとも教育するのです。人が理想的な刺激を感じられるようにしてくれている教材であることに間違いはないと思っているのです。ちょっと、考えて見ると、あらゆる発明も自然から学んだことなのです。例えば椅子や机のようなものでも、自然から学んで作ったものであり、人が自ら創造したものではないのです。
結論として、自然は、全ての知識の宝庫です。自然大学ということです。魚や動物が棲む生体は、人と不思議にあまり変わらないのです。息をするのも同じであり、見るのも同じです。小さな虫、菌にも目のような機能があるのです。そのような事を考えならが、今日の一日を送っています。そして、手塚グループの理念である自然を愛するという事は、実に奥が深いのです。その深さを感じながら、修行に励むのもいいのではないかと思っているのです。