2014年10月7日(八段語録2180)
極真修行の目的(2)
人生というステージは、自身の一代に、たった一つだけの道という事です。最も貴い生き方を選択しましょう。それなのに、唐突に自分一人で浮足立ち、右往左往しているようでは話になりません。人生むやみに歩いていくものではないのです。一番、人生で良い道であるというのは、純粋な人間として、人生行路を歩める人です。私自身、全日本に何度も出場してきました。そこでは、体が裂け、胸が張り裂け、骨髄が溶け出るような過酷な試合を何度も経験してきたのです。もうすでに、自分が体の中にいるのか、体の外にいるのか分からず、闘っているというのが全日本の試合でした。
私はこのような試合経験を通じて何を会得したのかというならば、当たり前の事を考えながら、出場していたのです。それは、当たり前に家庭を持って妻になる人と一緒に暮らすというのが最高の目的でした。そのために、私は、本当の自分になろうとしたのです。ただそれだけなのです。試合では、私の気持ちは、「私」は何もないという事を実感させられるのです。そこで、このような試合という困難なステージで、死ぬか生きるかという境地を通過したことになるのです。
ところで、今私が行っている極真会館宮城県本部は、極真空手の目的を中心に版図を広げようとしていることです。つまり本物の団体を作っていく事なのです。それも、私個人というよりは、家庭が中心になるのではないかということです。そのような意味では、私の立つ位置は、世の中とは違います。この団体が日増しに発展していき、新しい伝統が立った団体として顕現するのです。その愛弟子というべき師範が大友師範であり、菅野師範ということです。それなりの極真の伝統が成熟している二人ということなのです。もちろん、この二人には違って役割があるのです。一人は、純粋に極真の伝統を守り抜く役割であり、もう一人は、世間に順応しながら、切り開いていく役割という事になります。
そして、極真会館宮城県本部は、仙台だけの団体ではないのです。あくまでも世界に目を向けた団体であり、そのような活動をしてきたのです。そして、私が世界を回っているという事は、世界的基盤を築き上げている極真会館であるかなのです。それはまさに、この国で育った極真空手が、世界を動かすことのできる時代へ入ったという事を表現しているのです。世界を回ってみて、日本のこの武士道を尊敬の念でもって迎えてくれるのです。そして、ますます、極真の目的に向かって、世界を駆け巡るだけであると思うようになっているのです。