2014年2月2日(八段語録1986)

指導者に告ぐ


 稽古をする前にも、掃除をするようにすると良いと思います。それが指導者というものです。そうすることによって、今日の稽古をしっかり行うぞという決意にしていくべきであると思うのです。清潔な道場で稽古をするという事は、清々しいものです。ただ単に、道場を愛するという事ではなく、道場生を心から迎えていくことになります。かといって、指導者だけが、掃除をするのではなく、全員で行うのが実質的です。私の時は、白帯が率先して掃除をするようにさせられたものです。道場こそが、生徒が鍛錬できる鍵を握っているからなのです。
 ですから、心身を鍛えるという以上に、道場を愛するという気持ちを育てなければなりません。どのように優れた指導者であろうと、どんなに大会で優勝した選手であったとしても、道場にいるときは、道場のほうが価値あると思って掃除をすべきなのです。道場なくして、自分を高めることはできないのです。自分の手が汚れている場合には、すぐに手を洗うくせに、道場が汚れているときに、道場を綺麗にしない人のことを考えてみてください。このような、指導者は、極真精神を備えている人ではないという事です。道場から嫌われるようでは、話にならないという事です。
 しかし、もし指導者の皆さんが、心を尽くして、この道場を愛するならば、道場ですら、道場生を抱きかかえることでしょう。道場が皆さんを抱きかかえる時のみ、しっかりした稽古ができるのだと思うのです。さらにまた、道場の備品を愛し、よく手入れをしなければなりません。サポーター・キックミット・サンドバックは、皆さんを高めるものであるし、生命を守るものでもあります。また、空手着やフェイガードは、着ている服以上に手入れをしなければならないのです。破れたりしたならば、すぐに修理すべきです。また、よく洗濯して、汗臭くしてはならないでしょう。
 指導者の皆さんは、このような態度を、道場生に身に着けさせなければなりません。また、健康面にも気を配らなければならないのです。それはもっとも重要なことです。車でいうならば、エンジンのようなものです。体調が良くなければ、稽古どころではなく、身動きすらできなくなります。また、道場でふざけてはいけません。指導者というものは、このような事に気を使うことのできる、高い精神を保ち、道場生のみならず、道場の管理面にも、気を付けなければならならないのです。
今まで、ずっと指導者について、必要であることを書き記してきました。自分が経験してきたことのエキスです。大切に思うことを網羅してきましたが、まだ不十分であると思いますが、重複することもあると思いますが、年寄の苦言であると思って、しっかり身に着けてください。もう少し、続けたいと思っています。